高市首相に嫌われた「財務省エース」が事務次官に就任できた裏側 「官邸は人事で財務省を揺さぶっていたが…」

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一松氏に話を聞くと……

 大蔵省入省は平成元年。

「彼の最初の配属先は、IMFとの関係などを所管する国際金融局国際機構課でした。英語ができたからでしょう。僕ら平成元年組は留年生、浪人生が多くて“出来の悪い期”と言われもしましたが、同期同士の仲は良くて省内で寝泊まりするような激務の中、居酒屋で同期会をやりました。カラオケで明け方まで過ごしたこともあります。彼の十八番は河島英五の『酒と泪と男と女』です」(大串氏)

 入省1年ほどで、学生時代の彼女と結婚。その後、1女1男をもうけた。また91年から米マサチューセッツ工科大学(MIT)に留学。MBAも取得している。

「宇波氏は96年から2年間、旧厚生省に出向し児童福祉や医療保険に携わり、厚労担当の主計官も務めるなど社会保障全般に明るい。野田内閣時代には官房長官秘書官として『社会保障と税の一体改革』に深く関与。消費増税への道筋をつけました」(前出のデスク)

 また、岸田内閣では首相秘書官を務め、防衛費増額の財源の一部を賄うために復興税を充てる案を発案したという。

「社会保障の維持や防衛費増額のためにも、“消費減税はしたくない”のが本音でしょう」(同)

 秋の臨時国会では消費減税関連法案の審議が始まる。宇波氏は首相には面従腹背で、財政運営・国会対応の実務を取り仕切ることになりそうだが、

「一部の財務官僚からは、“宇波氏が一松氏を守り切れなかった”との不満の声も漏れています」(同)

 しかし、一松氏本人に自宅で話を聞くと、

「宇波さんは人柄も優れておられて卓越した識見で導いていただける、本当に尊敬する先輩です」

 恨み節など、おくびにも出さないのである。

「今、宇波氏は“必ず、一松は戻す”と周囲に語るなど“一松ショック”を和らげようと必死だといいます」(前出のデスク)

 親友と国家論を語り合った青春の日々から幾星霜。財源なき消費減税が国を危うくしかねない瀬戸際で、いかに覚悟を示せるか。

週刊新潮 2026年9月10日号掲載

特集「高市首相に嫌われた『財務省エース』が事務次官に就くまでの一部始終」より

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