ドルの地位に「最後のとどめを刺す」出来事――「日米協調介入」を国際金融論の世界的権威「アイケングリーン」はどう読み解いたか
7月末から行われた日米による協調介入の目的について、「円安是正と同盟国支援」という米国側の表向きの説明は半ば建前に過ぎない。透けて見える米国側の意図、そしてそれが示唆する世界の通貨体制の行方とは。国際金融論の世界的権威であるバリー・アイケングリーン教授にきいた。※取材・構成=大野和基(国際ジャーナリスト)
***
なぜ米国は協調介入に踏み切ったのか
――多くの人が今回の協調介入を「円を支えるための動き」と解釈しましたが、見落とされている点は何だと思われますか。
アイケングリーン 介入の直接的なきっかけは「円を支えること」だったと思います。しかし、多くの解説者が見落としているのは、その支援がどのような形で行われたかという点です。米国財務省は、米国債の売却を抑えたいと考えていました。そのため、ドルではなくユーロを売却する形で円を買い、また日本側が米国債を市場に放出せずに介入資金を調達できるよう、FIMAレポ・ファシリティ(米国債を担保にドルを借りられる制度)の活用も促したのです。
――米国債の金利急騰を防ぐために米国が円を支える介入を行った、という意見もあります。
アイケングリーン スコット・ベッセント財務長官ら米財務省の当局者が、米国債金利の急騰を懸念していたわけではないでしょう。他の解説者も指摘しているように、日本が保有する米国債は巨額ではあるものの、米国債利回りを動かすほどではありません。ただ、米国債市場は脆弱であり、市場参加者の懸念が徐々に高まっているという一般的な認識はあります。米国の債務増加が続いていることや、経済政策の先行きが不透明であることへの懸念です。ですから、日銀であれ誰であれ、市場を動揺させるような行動はとってほしくない、という共通の思いがあったのだと思います。
「慣例」を無視する米国
――FT(フィナンシャル・タイムズ)は8月7日付の記事で、米国によるユーロ売りについて、ECB(欧州中央銀行)はその介入が実施された後になって初めて知らされた、と報じています。
アイケングリーン それには驚きました。私の理解では、中央銀行や財務当局が、第三国に影響を及ぼすような介入を行う場合には、事前に互いに知らせておくのが通常の慣行です。しかし、これはトランプ政権のやり方そのものです。つまり、彼らは必ずしも従来の慣行を尊重するわけではない。第三国がそれによって不快な思いをする可能性について考慮しないのです。
まもなくG20財務大臣・中央銀行総裁会議が開催されますが、今回の一連の出来事は、米国にとって何とも居心地の悪い状況をもたらしています。他国の財務大臣たちがベッセント氏に対して、「財務省が通常どのように業務を進めるものなのか」を改めて認識させる機会となればと願っています。そうすれば、将来的には米国もまた、そうした慣例に則ったやり方で進めていくことになるかもしれません。
ドルの地位に「最後のとどめを刺す」出来事
――では米国の「ドルではなくユーロを売るという行為」は、なぜそれほど重要な意味を持つといえるのでしょうか。
アイケングリーン 米財務省は、米国債市場の流動性や機能への懸念から、外国の中央銀行が保有するドル準備を実際に使用することに難色を示しています。しかし、中央銀行が準備資産を保有するのは、まさに必要な時にそれを使用するためです。ですから、私はこれを、国際基軸通貨としてのドルの地位に「最後のとどめを刺す」ような出来事の一つだと捉えています。つまり、準備資産を実際に使用したことで発行国から難色を示されたり咎められたりすることのない、より自由に利用できる別の準備資産を模索する理由が、外国の中央銀行に新たに生まれるということです。別の言い方をすれば、中央銀行は流動性の高い形で準備資産を保有することを好みます。「流動性が高い」とは、必要な時にいつでも売買して利用できる状態を意味します。今回の件は、ドル建ての準備資産が、外国の中央銀行や政府が想定していたほど流動性の高いものではないかもしれない、ということを改めて認識させるものなのです。
〈かくして進むドルの緩やかな衰退――。その先の世界の通貨体制や、米国がもつ「制裁力」の展望、そして日本の通貨当局に対する提言などについて、新潮QUEで詳述している〉


