AIをフル活用した社長に訪れた意外な悲劇 なぜ仕事はラクにならないのか
新しいテクノロジーによって、私たちの生活は便利になる、ラクになる、快適になる、時間ができる……この楽観論を全面的に受け容れている人はどのくらいいるだろう。たしかに全自動洗濯機やルンバの登場で、洗濯や掃除の時間は短縮できて、その分余裕ができたかもしれない。
では携帯電話は? メールは? リモート会議は? どれだけのビジネスパーソンがそれでラクになったと実感しているだろうか。もちろん移動の時間は省略できた。しかしその分、別の仕事をやらなければならなくなった。昭和の時代のような呑気な出張は格段に減ってしまった。
AIについても同様のことが起きる可能性は高い。どんどんAIに仕事を任せればラクになるはず、というのはいささか楽観的に過ぎるのかもしれない。
はてな、スマートニュースで広告事業を立ち上げ、現在は自らAIで経営と開発を実践する川崎裕一氏は、AIを積極的に仕事に取り入れていった。スケジュール管理、調べものその他、可能な限りの仕事を任せた。AIは極めて優秀な秘書だった。その結果、川崎氏は思いもよらぬ悲劇に襲われてしまう――。
一体何が起きたのか。
情報・教養サイト「新潮QUE」に川崎氏が連載中の「身もフタもないAI論」第2回「AIを導入しても、なぜ現場は動かないのか」から一部を抜粋してご紹介しよう。
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スケジュール管理も経費精算もお任せに
私の経営する会社は「ひとり会社」、すなわち経営者も従業員も私だけである。AIが仕事を肩代わりして浮いた時間は、1分残らず私のものになる。評価を奪い合う同僚もいない。取り分の設計として、これ以上に恵まれた条件はない。
最初、AIは楽しかった。技術として面白かった。やがて仕事に使えると理解し、自分のタスクを任せてみた。私よりずっと速かった。次々に任せた。請求書、日程調整、調べもの、資料の下ごしらえ。時間ができた。
できた時間で何をしたか。さらにAIを勉強し、自分の業務を効率化する道具を作った。すると、さらに時間ができた。その時間で今度は、タスクとタスクの間に消えていた文脈――打ち合わせの経緯、判断の理由、あの件の続き――を蓄積する仕組みまで作った。それまで垂れ流していた文脈が、資産として貯まるようになった。仕事はますます楽しくなり、仕事量は増えた。AIにのめり込むほど仕事が速くなり、速くなるほど仕事が増え、増えるほどAIにのめり込む。AI中毒が仕事中毒を加速し、仕事中毒がAI中毒を加速した。
そして、めまいで倒れた。
残ったのは高度な仕事だった
ベッドの上で考えた。何が起きたのか。私がAIに渡したのはタスクだった。渡し終えて残ったのは、難しいことを考え続けること、やるべきことを先送りせずにやること、難しい意思決定を下すことだった。この3つには共通点がある。どれも、途中でやめられないのだ。タスクなら区切りがある。請求書を3枚作れば3枚分終わる。だが「考え続ける」に区切りはない。
そして後から気づいたのだが、タスクは脳を使わない時間でもあったのだ。請求書を作り、日程を調整し、資料を整える。あの単純作業の時間は、思考の合間の休息だった。手を動かしながら頭を休める時間が、1日の中に鏤(ちりば)められていた。AIはそれを1つ残らず引き受けてくれた。親切に、完璧に。休息だけがきれいに消え、高負荷の仕事だけが残った。
後になって、この現象に40年以上前から名前がついていたことを知った。認知工学者リサンヌ・ベインブリッジが1983年に制御工学の学術誌オートマティカに発表した「自動化の皮肉」("Ironies of Automation")という古典的な論文である。引用1,800回を超える、この分野で最も読まれた論文の1つだ。自動化できる仕事を機械に渡すと、人間には自動化できない仕事――最も難しい部分――だけが残る。しかも残った仕事をこなすには、以前より高い技能と集中が要求される。彼女が書いたのは産業プラントの制御室の話だが、40年後のAIとホワイトカラーに、そのまま当てはまる。
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テクノロジーは更新され続けるが、テクノロジーと人間の関係性が更新されるとは限らない。AI時代に肝に銘じておくべきことは何か。「AIを導入しても、なぜ現場は動かないのか」では、産業革命以来の歴史を踏まえた、身もフタもない真実が明かされている。


