「たくさんしっぽがある猫」――学芸員が語る、「向田邦子」が世代を超えて愛される理由

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 1981年8月22日、台湾取材旅行中の旅客機の事故で向田邦子さんが帰らぬ人となってから45年が経った。鹿児島県鹿児島市は、その向田邦子さんが9歳から11歳まで家族と暮らし、“故郷もどき”と呼んで終生愛した土地だった。1998年に開館した「かごしま近代文学館」は、向田家から寄贈された図書や原稿、衣類、器など約1万2000点を所蔵し、常設展「向田邦子の世界」をはじめ、1999年からほぼ毎年、企画展を開催してきた。その企画・運営を初期から担ってきたのが、学芸員の井上育子氏(50)だ。数多くの資料と向き合い、作品と人物を見つめてきた彼女だからこそ語れる、人生を重ねた人に染みるその魅力とは。映画ライターの金澤誠氏が取材した。

“次の40代”にバトンタッチされていく

 井上氏が向田邦子作品と初めて出会ったのは、学校の教科書に載っていたエッセイ「字のない葉書」だった。中高生の頃には久世光彦演出のテレビドラマ「向田邦子新春スペシャル」を好んで観ていたというが、向田邦子という名前を強く意識したのは、文学館の仕事を始めてからだという。

「自分が20代の頃には、お洒落で仕事も出来て、作家としても認められて、本当にすごい方だという憧れがありました。ただ、段々と年齢を重ねていくと、向田さんが脚本を書かれたドラマひとつをとっても、昔観た時と今とでは、まったく感覚が違います。若い時にはわからなかった、作品に描かれている人間の面白さや奥深さ。人生経験を重ねたことで、それがわかるようになってきました。40代になって以降が一番、向田さんの作品を楽しめていると思いますね」(井上氏、以下同)

 文学館への来館者は40代を中心に、50代・60代と続くという。しかも不思議なことに、その年齢構成は長年ほぼ変わらない。

「どんどん“次の40代”にバトンタッチされていくんです」

 向田邦子が亡くなって45年が経つ今も、そのバトンが渡され続けているという。

若い世代には「エッセイスト」として届く

 向田邦子のドラマをリアルタイムで知らない世代は、エッセイが入口になることが多い。そのため「向田さんはエッセイストだと思っていた」という来館者も少なくない。展示を見て初めて、「脚本家・小説家」としての向田さんの顔を知るのである。

 そうした若い世代が共感するのが、後期のエッセイ集『夜中の薔薇』(講談社文庫)や『男どき女どき』(新潮社文庫)に収録された、旅・食・お洒落にまつわる文章だという。

「自分へのご褒美に、おいしいものを食べたり、いい器や絵を買ったりする。今の方たちはそうした暮らしぶりに共感し、ゆくゆくは自分もそんな丁寧な暮らしができればと思う。『憧れでありながらも、真似できる考えを持った人』として受け止めている感じがします」

今秋、「旅する向田邦子」が鹿児島で甦る

 24年以上にわたって企画展を手がけてきた井上氏が、とりわけ力を入れるのが「作家としての向田邦子」を伝える展示だ。

 今年11月からは、新たなテーマ展「向田邦子の日本を旅する」が始まる。京都、長崎県諫早、家族と再訪した鹿児島市、そして自身のルーツをたどった石川県の能登島や金沢市――向田邦子が旅と仕事で訪れた土地を辿る展示だ。

「石川県への二度目の訪問では、自分のルーツ探しのきっかけになる旅をされていて、その様子が地元のラジオ番組で放送されていました。その時の音声が、ご家族から寄贈されたテープの中にあったんです」

 本人が撮影した写真も多く残されており、向田邦子が実際に見た日本の風景が展示の中で再現されるという。

「たくさんしっぽがある猫」という人物像

 長きにわたり、学芸員として向田邦子を見つめてきた井上氏にとって、いま彼女がどんな人物に映るかを聞いた。

「つかみどころがないんですよ。一緒に仕事をしていたら、おそらくとても厳しい上司や先輩だったと思うんですが、それでいながら完璧ではなく、どこかおっちょこちょいなところもある。気まぐれな部分もあって、私は猫みたいなイメージを抱いていますね。しかも、しっぽが1本じゃない、たくさんしっぽがある猫です」

 その完璧ではない、気まぐれでつかみどころのない感じが、多くの人に憧れと親しみを同時に抱かせるゆえんではないかと、井上氏は話す。

 3年後には生誕100年を迎える向田邦子。井上氏は俳優を招いた朗読会など、新たな接点づくりを模索しながら、まだ向田作品を知らない世代へのバトンをつないでいる。

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 新潮QUEで配信中の記事【「令和でも読者は40代が最も多い」――日本で一番詳しい学芸員が語る、向田作品が「ミドルエイジ」に刺さり続ける理由】では、学芸員として井上育子氏が語る作品の魅力や、入門編としておすすめの作品など、さらに詳しく伝えている。

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