デジタル教科書の正式導入は“人体実験”――デジタル・AI教育の弊害は「既に明らか」だと専門家が指摘する理由
6月10日、デジタル教科書を紙の教科書と同等の地位に引き上げる改正教育法が成立した。2030年度から順次、小中高校で本格的な使用が始まる見込みだ。現時点では、小学4年生以下と、学年を問わず「国語・社会・道徳」の3教科では、デジタル教科書のみでの授業は認められない方針だが、東京大学教授で言語脳科学者の酒井邦嘉氏はこの法改正を「ほとんど人体実験」だと批判する。すでに明らかになっているという、学力低下をはじめとしたデジタル教科書の弊害について解説する。(湯浅大輝/フリージャーナリスト)
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文科省が拠り所にする「極めて曖昧な調査結果」
デジタル教科書を正式な教科書とする先の法改正は「紙だけの授業」にもう戻せないという意味で、大きな転換点になってしまいました。自治体・教育委員会は往々にして(批判を浴びないために)中立的になりがちなので、「紙とデジタルをそれぞれ使い分けるのがいいよね」と、ハイブリッドを選ぶよう促していくのでしょう。
いずれにせよ、デジタル教科書導入における実証的なメリットを文科省も公表できていないにもかかわらずこの決断が下されたのは、ほとんど子どもを使った「人体実験」と表現していいのではないでしょうか。
先日、教育分野の取材が長い新聞記者から聞きましたが、「教育行政において(文科省などが)失敗の責任をとった前例はない」とのこと。考えてみれば、ゆとり教育に端を発したさまざまな混乱も、責任はうやむやにされたままでした。デジタル教科書も見切り発車で導入して、結局誰も責任を取らないのでしょう。
ろくに効果検証も、実証データも提供できていないのに「とにかく導入ありき」で進んでしまうのは、科学の世界ではあり得ません。文科省が根拠としているのも「デジタル端末を使う子どもは学習に積極的だ」という主観的で極めて曖昧な調査結果にすぎません。対照群も設けずに効果の検証が不十分な薬が処方されることがありえるでしょうか。教育においてはこれがまかり通ってしまうのですから、唖然とするほかありません。
教育のデジタル化は、すでに歯止めの利かないところまできています。先日、高校の社会科の先生を退職されたばかりの方にお会いしました。曰く、同僚たちはAIに宿題を作らせて、生徒はAIで問題を解き、先生はAIで採点をしている、とのこと。彼はそんな状況で教師を続けることに疑問を持って退職したそうです。
ここで一度「教育とは何か」「教育とテクノロジーの関係性はどうあるべきか」を真剣に考えないと、取り返しのつかないことになってしまうのではないでしょうか。
タブレット端末の最大の弱点
私は言語脳科学者です。科学的な手法を用い、再現できる実証データに基づいて、研究をしています。読み書きを含めた研究の結果として言えるのは、デジタル機器で学習するよりも「紙とペン」で学ぶ方が、はるかに理解が深まりやすい、という事実です。
そもそも、人間が「学ぶ」ために言葉を使うとき、脳はどう働くのでしょうか。脳には言葉を解する能力があらかじめ備わっています。これを「言語機能」と呼びますが、言語機能は教育によってどんどん洗練され、解釈と表現の両面で「賢く」なっていくわけです。言うまでもありませんが、数学を学ぶにしても、物理を勉強するにしても、言葉を介さずに理解する方法はありません。
では、なぜ言語機能を磨く際、「紙とペン」がもっとも媒体として適しているのか。まず、「紙」から解説しましょう。
紙の本には物理的に厚みがあります。読みたいページまで、物理的に紙をめくらないといけません。実は脳は、空間的な位置情報と、その空間で得た情報をリンクさせて記憶しています。たとえば、「あの(教科書の中ほどにある、妙なイラストが描いてある)ページの過去完了形の問題、何度か間違えたな」というふうに記憶していて、物理的な紙の厚みが理解・記憶の手助けをしているのです。
これがページを物理的にめくる必要がないタブレット端末だとどうなるでしょうか。クリックとスクロールで、該当ページまで辿り着くのかもしれませんが、物理的には同じスクリーンを見ているだけなので、空間的な位置情報がリンクしていません。物理的な手がかりが少ない分、紙の教科書と比べて忘れやすいのです。
Googleマップがない時代の人類の方が、道をよく覚えていたことと似ています。デジタル地図を持っていなかった人たちは、目的地までのルートにおいて「花屋」「ポスト」や、遠くに見える景色など空間的な位置情報を記憶していたからこそ、道順を忘れなかったわけです。機械に「次は右です」と指示されて目的地まで移動している人間は、道中の空間的・物理的な情報を覚えているわけがないでしょう。
この「忘れやすさ」というのが、タブレット端末の最大の弱点です。学習には不向きなのです。
ペンで紙に文字を書く意味
次に、ペンの優位性を解説しましょう。紙にペンで情報を書くとき、人間の脳は「この箇所にこれを書いたな」と記憶します。同様に、物事のつながりをマルと線でつなぎ合わせたり、“重要”というフレーズを書き込んだりと、自在に頭の整理を助けられます。つまり、ペンで書き込むとき、人間は情報をエピソード化している、と言えるでしょう。
それでは、タブレット端末画面を指でスクロールしたり、キーボードやフリック操作で文字を打ち込んだりする方法ではどうでしょうか。
まず指で端末上に文字を書き込むことは、ペンで紙に文字を書くこととは明確に異なります。電子ペンを使ったとしても筆圧のコントロールが正しく反映されるとは限りませんし、ペン先の摩擦の感覚も異なります。まして指で直接画面にタッチするなど、あまりに粗い入力法で、箸やナイフとフォークを使わずに手づかみで食べるようなものです。
キーボードの場合は、文字を「入力すること」そのものに集中してしまうあまり、肝心の「考えて書くこと」がなおざりになってしまう危険性があります。
キーボードはアルファベット26文字を基にデザインされていますが、日本語の文字種はそれより多いことから、変換を多用しますよね。ローマ字入力して変換する際、大量の同音異義語から自分が打ちたい文字を選び、確定させます。仮に授業を聞きながら、その内容をキーボードでまとめていた場合、キーボード入力や正しい文字へ変換することに脳のリソースの大半を費やすことから、授業の内容が頭に入りにくいのです。ペンで内容をメモするのとでは、大きな違いです。
〈現に、全国学力テストなどの結果などから、デジタル教科書の弊害はすでに明らかになっているという。その詳細や、このままデジタル教科書やAI教育が本格導入された先に待ち受ける教育現場の「悲劇」などについて、新潮QUEで詳報している〉


