誰のための「人権尊重」だったのか 「夫婦別姓刑事」の現場をこじらせた「フジテレビ」失敗の根源

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「夫婦別姓刑事」の撮影現場で起きた、佐藤二朗さんと橋本愛さんをめぐる「ハラスメント騒動」。フジテレビの声明、橋本さんの所属事務所による見解、そして佐藤さんが『週刊新潮』の100分に及ぶインタビューで明かした内容――。現場で何が起きていたのかが徐々に明らかになるにつれ、浮かび上がってきたのは、フジテレビの対応に潜む数々の問題だった。今回の騒動を見て、能勢総合法律事務所の弁護士・能勢章氏が最も強く抱いた疑問は、「なぜこれほど拙速に動いたのか」という点だという。そして、その経緯を丁寧にたどると、明確な「問題点」が見えてくると指摘する。

フジテレビへの批判が強まっていった背景

 まずは一連の騒動についておさらいしたい。

 フジテレビ系の連続ドラマ「夫婦別姓刑事」で共演した俳優・佐藤二朗(57)と橋本愛(30)の間に、撮影現場でトラブルがあったことを「週刊文春」電子版が報じたのは7月1日のことだった。フジテレビが外部の弁護士に依頼して調査を行い、「深刻なハラスメント」と認定されたという報道内容だった。

 ことの発端は3月22日、ドラマ第一話の撮影中に遡る。夫婦役の二人によるコントシーンで、橋本が目をつむって口だけを開ける演技をしたため、「目を開けて」と伝えようとした佐藤の指が橋本の顎に触れた。翌日、担当プロデューサーから橋本が過去のセクハラ被害によるトラウマを抱えており、身体接触に制限があると告げられた佐藤は、話し合いの場に臨み、「肩と腕以外に触れる場合は事前確認が必要」というレギュレーションを確認した。

 佐藤の所属事務所の声明によれば、橋本のトラウマについては、フジテレビが企画段階で橋本側事務所から把握していたものの、「日常動作のお芝居には問題がない」という橋本側事務所の説明もあったため、「佐藤の演技に制限をかけない方がいい」との判断から、クランクイン3カ月前にマネージャーには伝えられたが、佐藤本人には共有されていなかったという。

 身体接触の問題が発覚した後、佐藤は「わだかまりを残さない方がいい」と考え、橋本の楽屋を訪れた。文春報道によれば、この際に「アドリブのボディタッチに耐えられないなら役者をやるべきではない」という趣旨の発言があったとされる。

 この一連の言動を受けてフジテレビが外部弁護士によるヒアリング調査を実施。その結果、「女性俳優に受忍限度を超える精神的負荷を与えた」として、「深刻なハラスメントに該当する」と認定し、佐藤の所属事務所に対して注意を行った。

 報道が出た7月1日、佐藤はXに「さすがに、さすがにもうこれ以上は我慢できません」と投稿し、「数々の『ほんとうのこと』が明らかになる日が来ることを、切に祈ります」と訴えた。所属事務所も「事実とは異なる内容が含まれており、到底受け入れることはできない」と反論声明を発表した。

 これに対し翌7月2日、フジテレビは第一回声明を発表し、橋本側への擁護と誹謗中傷への警戒を中心に「遺憾」とコメント。7月3日には橋本の所属事務所「EDEN」が「フジテレビによる報道が事実との認識」と声明を出した。さらに7月7日にはフジテレビが約5300字に及ぶ第二回声明を発表し、経緯の詳細と外部弁護士による調査結果の概要を公開したが、その内容は佐藤の言い分を十分に反映したものではないとして批判を浴びた。

 その後、7月9日発売の『週刊新潮』では、佐藤が約100分にわたって語ったインタビューを掲載。佐藤はフジテレビの対応への疑義を詳細に語り、「フジテレビにはもう関わりたくない」とも述べた。

 以上が、一連の騒動の主な経緯である。

 それでは、フジテレビが陥った失敗とは、いったいなんだったのか。ハラスメント対応やレピュテーション(評判)リスク管理に詳しい能勢総合法律事務所の弁護士・能勢章氏が解説する。

外部弁護士による調査の歪み

 通常、外部の弁護士に調査を依頼する目的は、会社側の立場を代弁させることではなく、第三者としての中立な調査を期待してのことです。しかし、一連の報道やフジテレビの声明を見るかぎり、弁護士はフジテレビ、あるいは女性側の代弁者に一方的に寄り添いすぎている印象を受けます。

 本件は、佐藤さん、橋本さん、そしてマネージャーという、極めて限られた人間しかいない「密室」で起きた出来事です。録音・録画データがなく、客観的な証拠が限られている以上、双方から十分に話を聴取し、慎重に突き合わせる作業が不可欠です。

 しかし、佐藤さんの言い分によれば、佐藤さんは仕事の最中に呼び出され、一方的に判断を言い渡されたといいます。これが真実であれば、あまりに拙速な対応です。本来であれば、事前に「どういう目的で聴取をするのか」「何を聴取したいのか」を伝え、準備をさせたうえで反論の機会を与える。そのうえで両方の意見を検討し、判断を下す。それが適正な手続きというものです。

 呼びつけて、すでに決まっていた結論を伝えるだけの対応ならば、調査の名に値しません。密室の出来事で確証が得られないのであれば、「不明である」という判断を下すことも誠実な着地点のひとつでした。「不明だが、念のため配慮する」という選択肢もあったはずなのです。

 弁護士が現場に対して行ったとされる「環境調整」にも問題がある。佐藤さんに対し、現場での発言を極端に制約したり、「雑談するな」といった指示が出されたと伝えられていますが、これが事実だとすれば、その弁護士はドラマ現場の実情をまったく理解できていません。

反発を生んだ強引な手法

 昨今、コンプライアンスという言葉が独り歩きしています。何でもかんでも「ダメ」と禁止すれば、弁護士としては一番ラク。責任を問われるリスクを最小化できるからです。しかし、本当の意味での「環境調整」とは、現場が円滑に回るよう折り合いをつけることです。「雑談をするな」と言われて、現場が正常に機能するはずがありません。

 さらに、佐藤さんがメディアや周囲に話をすることを過剰に制限しようとしたことも、人権配慮に欠けていました。「弁護士以外に相談するな」「メールを見せろ」といった指示があったとすれば、それは行き過ぎです。秘密保持契約を結んでいるのなら分かりますが、そうでないのならば、自分自身の窮状を家族や仲間の俳優に相談するのは、人間として当然の行動です。それを禁じること自体、一方的であり、佐藤さんの権利を無視していると言えるでしょう。

 こうした強引な手法が、かえって佐藤さん側の反発を招き、メディアへの告発につながることは容易に予想できたはずです。弁護士は、こうした一連の調査が「会社側のレピュテーションリスク」に直結することも忠告すべきでした。

 適正な手続きを踏まなければ、後で必ず反論され、フジテレビ側の問題として炎上する。そのリスクを予見できていなかったのか、あるいはフジテレビ側が聞く耳を持たなかったのか。いずれにせよ、専門家としての助言が機能していなかったことは明らかでしょう。

「自ら判断を下すことから逃げている」

 次の問題は、フジテレビという組織そのものの姿勢にあります。

 過去の不祥事や社会的な批判を受けて、ハラスメントに対して敏感になること自体は理解できます。しかし、外部弁護士に依頼するにしても、目的を明確にすべきでした。「事実関係を調査してほしい」のか、それとも「ハラスメントがあった前提で処分してほしい」のか。この2つは、まったく異なる依頼です。

 もし、社内の社員が関わる事案であれば、フジテレビはもっと慎重に手続きを踏んだのではないでしょうか。懲戒処分を下す際に反論の機会を与えなければ、労働問題として敗訴するリスクがあるからです。しかし、相手が外部のタレントであったために、そのあたりの慎重さが欠け、手続きが極めて拙速になってしまった可能性があります。

「弁護士に依頼したから、我々は適切に対応しました」というポーズを作ることに終始し、当事者としてリスクを直視し、自ら判断を下すことから逃げているように見えるのです。まるで、熱いジャガイモを誰かに投げ渡して手を洗うような姿勢です。しかし、弁護士に投げたからOK、という態度は、結果として会社をより大きなリスクに晒すことになりました。

 ドラマ制作という複雑な現場においては、「法的な正論」を振りかざすだけでは問題は解決しません。現場の実情を理解し、双方の尊厳を守りながら、作品を完成へと導く。その責任を担うべきはフジテレビ自身であって、外部の弁護士に転嫁できるものではないはずです。フジテレビとしては、柔軟性の欠ける外部の弁護士に判断を委ねてしまい、自ら判断を下すことから逃げてしまった、そんな批判を受けても仕方がないのではないでしょうか。

誰のための「人権尊重」か

 上記のポイントを振り返ると、根底にある問題は一貫しています。

 フジテレビは、ことあるごとに「適切に対応した」という体裁を整えることを優先し、当事者たちの実態に向き合うことを避け続けました。情報共有の場面でも、弁護士の選任の場面でも、そして現場への介入の場面でも、その姿勢は変わりませんでした。

 フジテレビは「人権方針」を掲げ、人権尊重を謳っています。しかし、不祥事調査における人権への配慮とは、具体的には「手続きを適正に行う」ということに他なりません。一方の当事者の人権を守ろうとするあまり、もう一方の当事者の手続き的権利を著しく損なうならば、それは人権の尊重とは呼べません。

 今回の騒動で必要だったのは、一方的な断罪ではなく、真摯な調整であったはず。その当たり前の事実を、フジテレビは最後まで見失っていたように見えるのです。

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 新潮QUEで配信中の【「フジテレビ」で起きた「橋本愛」とのハラスメント騒動――渦中の当事者「佐藤二朗」は何を語ったのか】では、佐藤氏の100分にのぼるインタビューの全文を掲載している。

デイリー新潮編集部

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