“巨額借金と難病”の夫に尽くして…離婚会見が「一番輝いている」と称された淡路恵子 晩年の「ご意見番」をつくった激動人生【昭和女優ものがたり】

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人生最大の悲しみ

 女優復帰を遂げたが、その後に起こった出来事は彼女を大きく打ちのめした。錦之助との離婚の3年後、三男がバイクの交通事故で亡くなってしまう。まだ、22歳だった。三男は役者を目指していて、母のような脇役の俳優になりたいと願う優しい子だった。

 淡路は「人生であれほど辛いことはなかった」と語り、通夜の時に錦之助と抱き合って泣いたという。(『凛としてひとり』)。そして錦之助と会ったのはこの時が最後となる。錦之助はこの7年後、64歳で死去した。

 悲しみはこれで終わらなかった。錦之助との間のもう1人の子・四男も俳優業をしていたが、しだいに仕事がなくなりアルコール依存症で苦しんでいた。2004年、酒代を盗むために淡路の家に侵入。淡路の訴えで逮捕されることになった。当時、ワイドショーなどで大きく報じられたので覚えている人もいるだろう。

 このことを淡路は「自分の子どもを刑務所に入れたい母親がどこにいますか。この子が再生するには、もう法の手を借りるしかないと思った。死ぬまでこれで苦しむんでしょうね、私」(『凛としてひとり』)と語っている。

 その後、四男は立ち直り母子の関係も修復したが、2010年、自ら命を断ってしまう。その1週間前に、淡路が立つ舞台を観に行きたいと話していたばかりなのに……。

生まれ変わったら

 淡路には、晩年に出演したワイドショーでの辛口なご意見番というイメージがある。しかし実生活では、好きな人にすべてを投げ出してしまう弱さと誠実さを持つ女性だったと思う。

 本人は後悔とともにこう語っている。もし生まれ変わったら、いつかテレビで観たイタリアの小さな村のお婆ちゃんのようになりたい。週末には子どもたちが孫を連れて来て、自分が作った料理を食べさせる。そんな生活に憧れていると。

 2013年にがんが見つかり入院する。同年秋、病状が進行しすっかり痩せてしまった淡路は、俳優の道を歩んだ長男の島英津夫に写経用具を頼んだ。達筆だったのに手が震えてしまい「やーね、こんな字しか書けないわ」と小さく笑っていたという(『死ぬ前に言っとこ』)。

 2014年1月に逝去。80歳だった。

稲森浩介(いなもり・こうすけ)
映画解説者。出版社勤務時代は映画雑誌などを編集

デイリー新潮編集部

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