初写真集を「爆死」と書かれ「1日だけ泣きました」 元SKE須田亜香里、屈辱を笑いに変えたマインド「これ、美味しい!」

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撮影地はあみだくじで

――今回の新作フォトブックはニュージーランドで撮ったそうですが、NZでの撮影をあみだくじで決めたとか?

「海外で撮ろうとなって、憧れだったパリか、最近興味がわいてきた自然豊かな国に行くか、考えました。パリかニュージーランドか、どうしても自分で決められなくて。スタッフさんに相談したら『あみだくじで決めよう』となって、紙を繋いで4メートルもある巨大なあみだくじを作って決めました」

――今作は写真集ではなくフォトブックですが、去年も写真集『pluie』を出版しました。コンセプトの違いは?

「あえて、横長の本にすることにこだわりました。本って基本縦長ですし、今のスマホ時代って、何でも縦型ですよね。SNSの動画もショートドラマも全部縦です。そこに乗るのではなくて、NZの景色も私もワイドな視界で、絵本のように楽しんでほしいです。トレンドに流されないで尖っている感じがして、好きですね」

――32歳の時のフォトエッセイ『がんこ』から30代で3度、グラビアに挑戦しています。SKE時代と比べて、グラビアへの自信はつきましたか。

「撮られることに慣れてきたなと思います。10代・20代は表情を作るのが苦手だったし、子どもの頃から身体も華奢で『思い描いていた大人の身体じゃない』って、思っていました。

 露出の多いお衣装も、何を求められているのか分からなくて正直恥ずかしかったんです。『何してるんだろう?』って冷静になっちゃって、被写体になりきれていなかったのかなと。今回は露出も控え目ですし、自分の見せ方を分かった上で撮ることができました」

――ビジュアルについては、過去にもよくご自身でネタにしていました。

「自分で頑張ってもどうにかなるものではないって気づきました。それに私の場合、豊満でもないしほめてもらえるのが背中とかお尻とか、自分では分からないところばかりで(笑)。30代になって、やっと人を頼る楽しさを覚えました。

 衣装さんと『腕は出したい』『胸元がこう見えると素敵だね』って会話を重ねていく時間も楽しくなってきました。ヘアメイクさんもカメラマンさんもプロなので、その腕を信用して、自信を持って世界観を作ることに没頭できるようになりました」

――SKE48を卒業して、一人のタレントとして歩み始めてからしばらく経ちますが、1日の中でのバランスというか、時間の使い方はどう変化しましたか。

「今は仕事が9、プライベートが1くらいです。もっと寝る時間がほしいなと思う時もあるし、忙しいおかげで恋愛のチャンスもないんですが、充実しています」

――「9対1」。その比率だけ聞くと、かなり過酷な状況に見えます。

「まず卒業してから、これだけ仕事が来ているだけでうれしいです。『卒業したら仕事来ないかも』とか、『そもそも31歳までアイドルで、その看板がなくなった自分には価値があるのか?』と思う時もあったので。でも継続してレギュラー番組をさせていただき、ほかにも私個人を信頼してオファーをくださっているので、そんな方々とファンのおかげで生かされているなと思います」

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 第2回【17年間ノースキャンダル、34歳のリアル「今は誘われたらお食事にも行って、トライアンドエラー中です」 元SKE須田亜香里の恋愛事情】では、須田が自身の恋愛などについて語っている。

須田亜香里(すだ・あかり)
1991年、愛知県名古屋市出身。2009年11月にSKE48に加入。16年、17年のAKB48選抜総選挙では、2年連続で“神セブン”(上位7人)に選ばれ、18年は自己最高の2位を獲得した。21年公開の映画「劇場版・打姫オバカミーコ」で映画初主演。22年11月にSKE48を卒業。現在は東海テレビ「スイッチ!」メ~テレ「ドデスカ!」の隔週コメンテーターを務めるほか、MBSラジオ「オレたちゴチャ・まぜっ!~集まれヤンヤン~」にレギュラー出演中。22年には中日新聞連載を書籍化した『てくてく歩いてく -わたし流 幸せのみつけ方-』を出版、23年にフォトエッセイ『がんこ』、25年にセカンド写真集『pluie』を出版した。

大宮高史
エンタメでは演劇・ドラマ・アイドル・映画・音楽にまつわるインタビューやコラムを執筆。そのほか、交通・建築など街ネタも専門分野。

デイリー新潮編集部

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