「危険スイング」退場第1号が誕生 危険球、コリジョン、15秒ルール…新ルール適用“最初の男”たち

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意外にも投手が第1号

 本塁での捕手と走者の危険な衝突を回避する目的から、2016年に導入されたのがコリジョンルールである。

 適用第1号は、捕手でも走者でもなく、意外にも投手の西武・高橋光成だった。

 同年5月6日の日本ハム戦、3対3の6回1死満塁で、打者・西川遥輝に投じたフォークが暴投になった。三塁走者・レアードが勝ち越しのホームを踏み、捕手・炭谷銀仁朗の処理がもたつく間に、二塁走者・淺間大基も本塁を狙ったが、これは明らかに暴走だった。

 ところが、直後、「2人目は還したくない場面。必死だった」と高橋が本能的に淺間と相対する形で捕球態勢に入ったことがあだとなる。直後、両者はベース上で交錯。いったんはアウトと判定されたが、審判団が映像を確認したところ、高橋の広げた左足がわずかにホームベースにかかっていることが判明した。

「走路上にいたから、高橋投手に警告です」(杉永政信責任審判)

 この結果、コリジョンルールが適用されて淺間はセーフとなり、日本ハムは無安打で2点を勝ち越した。

 西武ではルール導入後、捕手陣が春季キャンプから対応策を重ねてきたが、投手陣の練習メニューには組み込まれておらず、盲点を突かれた形になった。
 このプレーがきっかけで一挙5点を失い、負け投手となった高橋も「ルールはもちろん知っていましたが、頭がいかなかった。冷静に対応できなかった自分のミス。悔しいです」と肩を落とした。

 翌17年には、本塁以外での併殺崩しを狙った危険なスライディングに関する新ルール、いわゆる「セカンドコリジョン」も導入され、ヤクルト・バレンティンが適用第1号となった。

 同年7月1日の阪神戦、2点を追うヤクルトは7回1死一塁の反撃機に、大引啓次が二ゴロを転がした。

 直後、一塁走者のバレンティンは、二塁ベース上で送球を受けた阪神の遊撃手・糸原健斗の足元へ滑り込んだ。

 バレンティンは二塁でアウトになったが、スライディングの際に態勢を崩された糸原は一塁へ送球できなかった。白井一行二塁塁審は危険なスライディングと判断。リプレー検証の結果、「ベースではなく野手に向かったスライディング」として守備妨害が宣告され、打者走者の大引もアウトになった。

 バレンティンは「自分としては、そんなに危険なスライディングとは思っていない。接触はしていません」と不服そうだったが、丹波幸一責任審判は「タイミングや接触したかどうかは関係ない」と説明している。

滑り止めを触るのを早くします

 試合時間短縮を目的として、2009年に導入されたのが15秒ルールである。

 走者がいない場面で、「投手が捕球してから投球動作に入るまで15秒以内」と定められた新ルールは、横浜・工藤公康が適用第1号になった。

 同年8月18日の巨人戦、7回1死無走者の場面で、打者・谷佳知に対し、カウント1-0からサイン交換中に「ボール!」を宣告された。ストップウォッチで計測していた真鍋勝己二塁塁審がタイムオーバーを小林和公球審に告げたことを受けてのものだった。

 これには工藤も「投げようとしたときだったから、タイムをかけられたときは『何で?』と思った。これからは滑り止めを触るのを早くします」と苦笑いするばかりだった。

 危険スイングも、適用された選手は“第1号”として名前が残ることになる。だが、本来は記録に残るためのルールではなく、審判、捕手、周囲の選手を守るために設けられたものだ。新ルールの導入をきっかけに、バットがもたらす危険と安全への意識が、改めて問われることになりそうだ。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘! 激突! 東都大学野球』(ビジネス社)

デイリー新潮編集部

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