「パパと比べられたくない」と言っていた「山崎武司」の長男 7000万円詐欺逮捕で分かった「父子の断絶」
両リーグで本塁打王
「パパ、野球やらないの?」
「この一言に奮起して、翌2005年に誕生する東北楽天イーグルスからのオファーを受けました。本人も言っていますが、設立間もない楽天はクビになる選手の寄せ集めだったそうです。2年目の06年には野村克也氏が監督に就任し、いわゆる“野村再生工場”の楽天での第1号が山崎となりました」(スポーツ紙記者)
07年、39歳となった山崎氏は、43本塁打、108打点とキャリアハイの成績を残し、11年ぶり2度目の本塁打王に。両リーグでの本塁打王は、落合博満氏、タフィ・ローズ氏に続く3人目となった。まさに“中年の星”である。
「この年、山崎はホームラン1本につき10万円の“ホームラン基金”を始め、宮城県の社会福祉基金に430万円を寄附しました。この基金は08年も継続し、岩手・宮城内陸地震で甚大な被害を受けた栗原市に28本分の280万円を寄付しています。その感謝の意味を込め、栗原市は栗原野球場の愛称を『山崎武司球場』と命名しました。楽天での山崎はいわゆる単身赴任でしたが、小学生だった長男は何度も1人で仙台を訪れて父を応援していたそうです」(同前)
09年には39本塁打、107打点を記録し、球団史上初となるリーグ2位にも貢献。史上7人目となる両リーグでの150号本塁打も達成した。ところが、11年に再び戦力外通知を受ける。
引退には長男の手記も
「ここでも彼の引退に強硬に反対したのが長男でした。それで山崎も再び奮起したんです」(スポーツ紙記者)
2012年、古巣・中日に戻った山崎氏は、すでに43歳になっていた。
「“中年の星”といえども活躍とまではいかず、翌13年に引退を決意。引退試合には長男も駆けつけ、始球式を行いました」
翌日のスポーツ紙には長男の手記が掲載された。
《ちょうどナゴヤドームで試合見に来ていたときかな。7月26日の巨人戦のあと。試合が終わってずっと待っててやっと来たと思ったら「2軍落ちだわ」って。帰りの車で「2軍落ちしたから今シーズンでやめるわ」。家に帰るまでお通夜みたいだったね。交流戦の時に1軍に上がったとき、次に2軍落ちたらやめるって話はしてたよね。だから2軍落ちっていうことはどういうことかは、家族みんな分かってたよ。/これまで数えきれないくらい大貴君は野球やらないの?って周りから聞かれたけど、なんでやらなきゃいけないのって思ってた。比べられたくないって。パパも「野球しろ」とは一切言わなかったよね。自分の好きなことを貫いて稼いで、ここまできたというのはすごいと思う。尊敬する人は?って聞かれれば父と答える。僕が一番のファンだと思う。/いつか来ると思ってたけどやっぱりつらいね。シーズンを全うするまでは言わないでおこうと思ってたからようやく言える。27年間、本当にお疲れさまでした。これからも何らかの形で野球で関わりながら仕事をする姿を見せてほしい。1年間、家族のためにゆっくりっていうのはいいから。とにかく仕事です!/(長男 山崎大貴)》(日刊スポーツ:2013年10月6日付)
ファンにとっては忘れがたい親子であることが伝わるだろうか。その長男が詐欺容疑で逮捕されたというわけだ。地元記者は言う。
「大貴容疑者は父と同じ愛工大名電には進んだものの、手記にもあるとおり野球はやりませんでした。その後、現役を引退した父のマネージャーを務めたりもしていましたが、彼自身も“戦力外通知”を受けてしまったようです。その後、連絡が取れなくなってしまった……。よりによって、なぜ腕時計なのかという声も地元ではあります。父の山崎氏は高級時計のコレクターでもあり、こちらでは高級ブランド買い取り専門店のCMにも出演していましたからね」
因果な息子である。
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