阪神・森下翔太の“珍守備”で再注目 プロ野球史に残る外野手たちの大チョンボ

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悪夢のような出来事

 次も阪神絡みの話である。

 1988年5月28日の大洋戦、8対2とリードした6回。先発・山本和行が無死二、三塁のピンチを招き、次打者・石橋貢にもレフトに本塁打性の大飛球を打たれてしまう。

 それでも、レフト・金森永時(1985年から1992年までの登録名。本名は金森栄治)はあきらめずに追いかけた。最後はラッキーゾーンによじ登って捕球を試みる。

 しかし、打球は無情にもスタンドへ。金森も勢い余って、頭からラッキーゾーンへ落ちていった。

 実況アナが思わず「ホームラン! 金森も一緒に入ったあ!」と叫んだシーンは、今でもコアなファンの間で記憶されているはずだ。

 外野飛球をキャッチしたところまでは良かったが、アウトカウントを間違えたことから、まさかの珍事が起きた例もある。2003年5月21日の巨人対ヤクルトだ。

 0対1の6回、ヤクルトは1死一、二塁で5番・鈴木健がレフトに大飛球を打ち上げた。

 ヤンキース時代にバーニー・ウイリアムスの守備固めで鳴らしたレフト・レイサムは、背走の末、フェンス際で好捕。これで2死となった。

 ところが、レイサムはスリーアウトになったと勘違いしていた。センター・斉藤宜之が三塁に送球するよう指差していたにもかかわらず、ボールを下手投げでスタンドにポイと投げ入れてしまった。

 ピンチを救った好守備の直後、マウンドでグラブを叩いて喜んだ高橋尚成も驚きの表情で「あーっ!」と叫んだが、もうどうにもならない。

 いったん帰塁した二塁走者・宮本慎也と一塁走者・ラミレスも、慌てて走りだした。

 審判団の協議の結果、カメラマン席にボールが入ったときと同じルール、つまりテイク・ツーベースが適用され、宮本が同点のホームを踏んだ。

 悪夢のような出来事に、ベンチの原辰徳監督もショックのあまり、へなへなと座り込んでしまった。

「何と説明していいのか。頭に血が上った状態になった。ちょっと考えられないね」(原監督)。

 騒然としたスタンドの反応で自らの大ポカに気づいたレイサムは「私の野球人生の中で一番恥ずかしいことをしてしまった。ファンにはいいことをしたが、チームにはひどいことをした」と平謝りするしかなかった。

 その裏、高橋由伸の決勝ソロが飛び出し、巨人が2対1で勝利したことが、せめてもの救いだった。

 冒頭で紹介した森下も、この試合で2本塁打を放ってチームの勝利に貢献した。藤川球児監督も「最後にチームが勝つことができれば」とフォローしている。

 森下のようにミスをしても、勝利に貢献すれば、笑い話として残る。外野守備の珍プレーには、野球の怖さと面白さが同居している。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘! 激突! 東都大学野球』(ビジネス社)

デイリー新潮編集部

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