訴訟に発展 “国宝の城”を台無しにする高層マンション「景観ハラスメント」の深刻度

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わがままなのは景観を改変する側

 いずれにせよ、こうした松江市の不作為につけ込まれるかたちでマンションの建設は進められ、すでにほぼ完成してしまった。

 だが現在、予測をはるかに超える速度で少子化が進み、今後の大幅な人口減が避けられない状況にある。そんななか、国宝松江城天守を中心に歴史的景観を形成している場所に、それを損なう高層マンションを建てるべき公共的な理由など、どこにもない。それなのになぜ建つのかといえば、事業者が一定の土地から上げうる最大限の収益を上げたいから。それだけだろう。

 そのために景観が破壊され、多くの人が不利益を被ろうと、それ以上に優先されるべきは土地を購入した事業者の権利だった、というのが松江のマンションの実情である。前述のように、ヨーロッパには「景観は住民にとっての公共財だ」という考え方が社会通念としてあるが、日本の常識は残念ながら、その考え方とはほど遠い。その意味で、住民がまったく守られない。

 件の裁判で原告側は、「マンションの建設により、良好な景観の恵沢を享受する利益、すなわち景観利益が損なわれている」と訴えている。それはヨーロッパでは、当たり前に守られている利益であり、権利である。マンションの出現によって、甚大なハラスメントを受ける「被害者」が放置される日本は、どうかしている。

 事業者の利益が最優先され、住民にとっての「公共財」が守られない松江市、ひいては日本の圧倒的な後進性を思わざるをえない。しかも、国宝松江城天守と周囲の景観という「公共財」は、住民のものであると同時に、広く人類にとっての財産であるはずなのに、それすら守られない。

 日本では「高い建物が建つのは時代だから仕方ない」と考える人が多い。景観や眺望を守ろうとして抗議すると、「わがままだ」とみなされることさえある。しかし、その受け止め方は世界標準ではない。景観を改変する側が「わがままだ」と認定されるのが世界標準である。

 いまのご時世、ハラスメントを受けた人に対し、がまんするように強要する人はいないだろう。同様に、景観が損なわれることで苦痛を受けながら、がまんするのもおかしい。そう考えるのが世界の趨勢である。そう考えないのだとしたら、日本が世界のなかで恥ずかしいほど遅れている証左である。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。関連する著書に『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部

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