「お母さんが作ったカレーが食べたい」…児童8人を刺殺した「宅間守」、婚約者の「母」に執着した異様な“マザコン気質”【附属池田小事件から25年】
年上の女性は我儘が通じ易い
2003年5月22日の論告求刑では、約1時間半かかって検察官が要旨を朗読した。凄惨な事件現場を再現するような内容にさしかかると、涙をボロボロとこぼす被害者家族の姿が傍聴席に見られた。だが、宅間は気に留める風もなく、自らを誇示するように肩をいからせて裁判長を睨みつけた。だが、
「死刑に相当する」
検察官の言葉が法廷に響き渡った時、宅間の顔がみるみるうちに、紅潮したのが傍聴席からも見て取れた。
帝塚山学院大学の小田晋教授(精神医学)が言う。
「宅間被告には、反社会性人格障害に加えて、強い自己愛の傾向が窺われます。彼は、自分に奇妙な特権意識を持っており、無制限に自分の要求が適えられる事を求めていて、それが、適わないと攻撃に転じるのです。これを依存性攻撃といいますが、だから、我儘の通じ易い年上の女性にまとわりつくのです」
宅間の弁護をした戸谷茂樹弁護士は、
「今でも、彼はあの事件に関して、謝罪の意思を全く持っていません。弱者に対する共感の能力が欠けていて、反省の心理が存在しないのです。一貫して、覚悟の上でやったことだから命乞いをするつもりはない。死刑判決でも、“弁護団が控訴なんてしたら、オレ、自分で取り下げるからね”と言ってました。弁護団の中でも、今後どうするかについては、意見がわかれています」
論告求刑の日、宅間が法廷に着てきたブルーのシャツ。その背中には、「White Devil」(白い悪魔)と刺繍がされていた。彼が何を意図して、そのシャツを着たのかは定かではない。
(以上、「週刊新潮」2003年6月5日号「特別レポート『マザコン』だった宅間守」より)
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死刑確定後に獄中結婚
2003年8月28日、大阪地裁は宅間に死刑判決を言い渡した。この際の宅間は開廷前の発言により退廷となり、主文は被告人不在の場で読み上げられている。
先の記事で戸谷茂樹弁護士が語った通り、宅間は死刑判決に控訴しないよう求めていたが、議論を重ねた弁護団は独自の判断で控訴に踏み切った。取り下げの判断を委ねられた宅間は、宣言通りに自ら取り下げ、死刑を確定させた。さらには戸谷弁護士に対し早期の死刑執行を「望みます」と伝え、6カ月以内に執行されなかった場合は国を相手に賠償請求訴訟を起こすつもりだった。
死刑は2004年9月14日に執行されたが、死刑確定から執行まで「異例の早期」と報じられた。一方でそれまでの宅間は、支援者女性と獄中結婚をしている。この女性は宅間の遺体を引き取り、最後は骨を拾った。死刑囚は遺骨で“出所”するケースが大半だが、遺族の希望があれば遺体で引き渡される。宅間の場合は、妻となった支援者女性の希望だった。
ニュースを見た瞬間、宅間の犯行だと確信した――。第1回【「殺したるんや。我慢の限界じゃっ」…児童8人を刺殺した「宅間守」、知られざる婚約者の「母」が聞いた元妻への罵倒【附属池田小事件から25年】】では、宅間が母娘に近づいた経緯や、事件発生時の衝撃を伝えている。
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