「お母さんが作ったカレーが食べたい」…児童8人を刺殺した「宅間守」、婚約者の「母」に執着した異様な“マザコン気質”【附属池田小事件から25年】
婚約解消後も母親に電話
宅間は、婚約解消後に母親の携帯電話を執拗に鳴らし、英子にプレゼントした21万円のブレスレットを返却するように求めた。返しに出向いた母親に、
「車に乗ってえなー」
と宅間は言った。助手席に乗ると、得意満面にカーナビゲーションの操作をはじめたのだった。
「新しく買ったんや。テストしたいから、ドライブに付き合ってな。お母さん」
嬉々として操作を続ける宅間。子供が母親にねだっておもちゃを買ってもらった時のような表情だったのが、母親には印象的だった。
宅間はストーカーのように母親に電話をよこした。母親のパート先である、クリーニング店まで押しかけては、簡単な仕事を手伝いながら、付きまとった。4月はじめ頃だった。母親に電話をかけた宅間は雑談をしていると、突然、泣きじゃくった。
「お母さん、俺は医者やないんや。勤務してるって言った精神病院は自分が通院していたんや。英子ちゃんに勤務の帰りって電話した時も、トラックの運転してたんや」
母親は仰天した。疑いはあったが、医師だとはずっと信じていた。
「昔は伊丹市の職員で市バスの運転や学校の校務員やってたんや。事件を起こしてクビになった」
母親は黙って聞くしかなかった。
「お母さんの家に住みたいんや」
その日を境に、宅間は母親を「お母さん」とより慕うようになった。
「本当の血液型はA型。O型と言ったのは貫禄があり、豪快に見えると思ったから」
「今まで、何度も犯罪で捕まった。けど、精神がおかしいフリして、病気と思わせて捕まってへんねん」
知らなかった事実を次々に明かす宅間に母親はびっくりするばかりだった。なぜ、宅間は自分の過去や今までついていた嘘をあらいざらいしゃべるようになったのだろうか。
「お母さんの家に住みたいんや。お母さんが作ったカレーライスが食べたい。お金払ってもええねん。お母さん、お願いや」
ある時、宅間は「お母さん」と連発しながら、母親にそうおねだりした。子供が駄々をこねるようだった。
「母親の愛がなくて育ち、ずっと憧れていたのか」
母親の頭にはマザコンという言葉がよぎった。
宅間は幼い頃から父に厳しくされた。宅間の母親は父の暴力と強引さに、宅間に優しく接することすらできず、ただ恐怖に怯えた。一時は、両親と離れて親族に預けられたこともあった。
宅間は中学生になると母親を暴力で、支配した。父に殴られた時も、やられたフリをして殴り返し、大ケガをさせたことがあった。家族や母の愛情に接したことはなかった。谷田さんは、
「ストーカーじゃない。私に母親の愛を感じ、思いを抱いているのかな。私が母であることで少しくらい役に立つならいいかな」
宅間のことが、かわいそうだなと思ったという。事件後、母親は警察に自ら出向いて、宅間との関係のすべてを説明した。警察は事件直前の宅間の心境の様子が参考になったと言った。
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