「殺したるんや。我慢の限界じゃっ」…児童8人を刺殺した「宅間守」、知られざる婚約者の「母」が聞いた元妻への罵倒【附属池田小事件から25年】
進む結婚話、大きくなる違和感
2月の冷たい風が吹く、寒い日のこと。デートで食事に行った帰り、宅間は英子をドライブに誘った。夜8時ごろ車は箕面市の人通りのない山中に止まった。
宅間は助手席の英子に突然襲いかかった。
「大きな手で首を絞められた。すごい力で本当に殺されるかと思った」
後に英子は母親にその時の様子をそう説明した。なんとか逃げ出した英子だが、数日間はショックで何も食べられずに寝込むばかりだったという。
それでも交際は途切れなかった。宅間が、
「彼女の病気の話を聞いて感極まって抱きしめてしまった」
などと言い訳して謝罪し、母親もとりなしたためだった。その後、以前にも増して、宅間は自分の経歴を自慢するようになった。
「メディカルドクターとして月給は150万円」
「兵庫医大の前は伊丹市民病院に勤務していた」
「親が財産を切り売りして、3500万円も金をかけて兵庫医大を卒業した」
「今は高級マンションに暮らしている」
宅間は、そう言いながら、写真が貼ってある証明書のようなものを、母子にチラッと見せたことがあった。デートの時に医師免許と保険医認定の証明書のコピーも手渡した。やがて、宅間は英子に結婚を申し込んだ。母親も賛成して話は進んだ。しかし、
「何かおかしい」
母親は、女性特有の勘からそう感じるようになった。
「食事をした時にも、いつもお金を払うのは私でした。宅間は150万円も給料を貰っていると言うのに、一切だそうとはしなかったんです。レジで、私の財布を覗きこむのです」
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「ひつこくつきまとったるからなー」婚約解消を頼む母親に向けた“宣戦布告”、それから始まった猛攻――。第2回【「お母さんが作ったカレーが食べたい」…児童8人を刺殺した「宅間守」、婚約者の「母」に執着した異様な“マザコン気質”【附属池田小事件から25年】】では、突然甘え始めて「お母さん」を求めた宅間の姿などを伝える。



