朝ドラ「風、薫る」と元NHK「膳場貴子&和久田アナ」の意外な共通点 名門校が守り続ける「他者のために生きる」精神
設定変更の理由
「風、薫る」はスケールの大きな物語になっていきそうな予感を強く抱かせる。まず、どうして直美を女郎の母親に捨てられた子供という設定にしたのか不思議だった。モデルの鈴木は武家出身だ。しかし、設定の理由がぼんやりと見えてきた。
大関は看護婦になってから3年後の1891(明24)年、廃娼運動に加わった。公的な許可を得て行われていた公娼制度は女性への重大な人権侵害にあたると捉えた。人道的にも許されないと考えた。
公娼制度の背景には明治期の都市部の急成長に取り残された農村の貧困があった。娼妓と低賃金の女性労働者を多数生んだ。やはり1890年代が主な舞台となった朝ドラの前作「ばけばけ」では、主人公・トキ(高石あかり)が遊郭に売られそうになった。その友人・なみ(さとうほなみ)は生家が貧しく、遊郭に身売りした。公娼制度に関する悲劇が無数にあったことは想像に難くない。大関と同じく、りんと直美は制度の廃止に向けて動くのではないか。
物語の序盤で語られた戊辰戦争の話も終わっていなかった。まず乳がんで和泉侯爵家夫人の千佳子(仲間由紀恵)が帝都医大病院に入院した。りんと直美の実習先である。第35回(5月15日)だった。
千佳子の夫・元彦(谷田歩)は、りんの名字が一ノ瀬であることから、父親が那須の小藩の家老だった信右衛門(北村一輝)であることに気づく。元彦は信右衛門に畏敬の念を抱いていた。
「私はご維新前の世情騒然たるとき、お父上の意見を聞き、誤らずに身を処することが出来た」(第40回、5月22日)
元彦は武家の出身。元武家の侯爵は大藩の藩主ばかり。身分が自分より低い信右衛門の言葉に耳を傾けたのだから、元彦も相当の人物なのだろう。
信右衛門とその主君は戊辰戦争の際、ずっと世話になった徳川家に背き、新政府軍に加わった。信右衛門は第3回(4月1日)でこう振り返った。
「わが藩は新政府軍に属すると殿がご決断された。お陰で戦火を免れた。その一方で殿は徳川様のご恩を裏切る自分がどうしても許せないと腹を召された」
信右衛門は切腹こそしなかったが、武士を辞めた。元彦も華族になっているから、新政府軍側だったのは間違いない。物語では詳述されなかったが、信右衛門の意見により、戦火から民と田畑を守ったのだろう。
りんと直美に看護婦になることを勧めた大山捨松(多部未華子)も戊辰戦争に深く関わっている。1868(慶応4)年の会津の戦いにおける鶴ヶ城籠城戦に加わり、撃ち込まれた砲弾の鎮火にあたった。同じ役割を担った義姉は砲弾が爆発し、死んだ。
会津の戦いで亡くなった同藩の男性は2390人以上。女性も201人以上が亡くなってしまった。捨松はこの悲痛な経験があったから、米国留学中に「人道」「公平」「中立」などを原則とする赤十字活動に共鳴し、看護婦資格を取った。
捨松は1887(明20)年に「日本赤十字社」が発足すると、同時に生まれた「日本赤十字社篤志看護婦人会」の発起人兼幹事となる。赤十字内のボランティアグループである。
この会のメンバーは当初、元武家の華族が中心だった。戊辰戦争や西南戦争で敵同士だった人々が、人道や公平のモットーの下に結集した。翌1888(明21)年、捨松の故郷に近い磐梯山(福島県)が噴火すると、負傷者を慰問し、義援金を手渡した。
りんと直美も捨松とともに人道や公平に基づく活動を始めるのではないか。そうでなかったら、史実では接点が見当たらない捨松と大関、鈴木の物語にはしないだろう。
現代に通じる問題
現代の看護師にも通じる深刻な問題も描いている。患者の死と向き合う際に看護師が受ける喪失感と悲痛である。看護師が患者の死に接した際の精神的重圧(惨事ストレス)は切実な問題で、各研究機関や大学病院が研究を続けている。ただし、これまでのドラマでは正面から描かれることがほとんどなかった。
りんたちの看護学校仲間である東雲ゆき(中井友望)は担当患者で重い心臓病の小野田里久(宮地雅子)の容体が急変すると、腰を抜かす。そのまま動けなくなった。第45回(5月29日)だった。
出色の表現だった。患者の生死が看護婦の精神状態をいかに左右するかが一目瞭然だった。ゆきは小野田から「ゆきさんに看てもらえて幸せ」と喜ばれていたから、なおさらショックだっただろう。
今も解決されていない看護婦に関する問題にも目を向けさせている。第42回(同26日)で描かれた収入についてだ。りんは「アメリカではトレインドナース(教育を受けた看護婦)は月30円だって……」とつぶやいた。直美は「20円は欲しい」と言った。2人はこれから現実を知るはずだ。
りんたちが実習に臨んでいた1888(明21)年ごろの看護婦の月給は10円程。現代の20万円程である。米国の30円とは大差があった。
2025年の看護師の平均年収は524万7200円(厚生労働省)。海外での入院経験がない人でも日本の看護師の質の高さは否定しないだろうが、米国の年収は約1200万円から1800万円。格差はりんたちの時代のまま。看護師団体などが改善を訴え続けているが、状況は変わっていない。
この物語は会津の悲劇などの過去を思い起こさせながら、同時に現代も続く看護師の問題に目を向けさせている。大上段に構えていないものの、社会派色を強く感じさせる。
[2/2ページ]

