主砲を失っても「勝てるチーム」「沈むチーム」 村上宗隆、岡本和真流出で問われる“再建力”
シーズンが始まると評価が一変
不動の4番が抜けたにもかかわらず、3年ぶりのV奪回を果たしたのが1997年の西武である。
10年間4番を打った清原和博が巨人にFA移籍。新4番・鈴木健は打率.312、19本塁打、94打点と結果を出したが、それ以上の活躍でチームを乗せたのが、新外国人のマルティネスだった。
意外にも入団時の評価は低かった。春季キャンプ合流直後にアキレス腱を痛め、オープン戦も24打数4安打0打点0本塁打。“ダメ助っ人”の烙印を押された。東尾修監督が開幕直前、マルティネスに代わる新外国人の獲得を堤義明オーナーに直訴したという話も伝わっている。
ところが、シーズンが始まると評価は一変する。5月5日のロッテ戦で来日後初の1試合2発を記録するなど、開幕から29試合で9本塁打と大当たり。最終的に前年の清原(打率.257、31本塁打、84打点)を上回る打率.305、31本塁打、108打点をマークし“マルちゃん”の愛称で人気者になった。
一方、清原が移籍した巨人は、近鉄の主砲・石井浩郎も獲得するなど大型補強でV2を狙った。しかし、長打力はあっても打線のつながりを欠き、エース・斎藤雅樹の不調もあって6年ぶりのBクラスとなる4位に沈んだ。
前出のヤクルト、西武とは対照的に、主砲の穴を埋めることができなかったのが2003年の巨人だ。
前年、リーグ最多の50本塁打、107打点を記録し、日本一の立役者となった松井秀喜がヤンキースに移籍。その穴埋めとして、ヤクルトの主砲・ペタジーニを獲得した。清原和博、高橋由伸、江藤智らを含めた重量打線は相変わらず破壊力十分だったが、4番の存在感という点で、松井の穴を埋め切れなかった。
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