虎党が思わず「何で出した?」 新天地で開花した阪神流出組の系譜

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 今季、伏見寅威との交換トレードで阪神から日本ハムに移籍した島本浩也が好調だ。5月14日現在、13試合に登板して1勝0敗1セーブ3ホールド、防御率2.08を記録している。【久保田龍雄/ライター】

断腸の思いで

 また、現役ドラフトでロッテに移籍した井上広大も、4月29日の楽天戦で前田健太から値千金の勝ち越し弾。5月10日のソフトバンク戦では先制2ランを放つなど、存在をアピールした。

 阪神では過去にも、「何でこんないい選手を出したんだ?」とファンをボヤかせたトレード流出劇があった。

 まず球団史上最大の損失と言えそうなのが、1993年に松永浩美との交換トレードでオリックスに移籍した野田浩司だ。

 88年にドラフト1位で入団した野田は、90年に初の二桁勝利となる11勝をマークし、翌91年には開幕投手も務めた。だが、チームの低迷期と重なったことなどから、在籍5年で通算35勝52敗。真のエースになるには、もうひとつ殻を打ち破れなかった。

 そんな矢先の92年オフ、ヤクルトにわずか2ゲーム差で7年ぶりVを逃した球団は、長打力不足を補うため、オリックス・松永に白羽の矢を立て、野田の放出を決める。

 寝耳に水のトレード通告に、「そんなもん絶対出らんわ」と反発した野田だったが、辞めるか移籍するかの二択しかない以上、「行くしかない」と断腸の思いでオリックスへの移籍に同意した。現役引退時に野田は「あのとき(阪神が)優勝していたら、僕は多分トレードされなかったですよ」(週刊ベースボール2000年11月13日号)と回想している。

 移籍1年目の93年、野田はいきなり17勝を挙げ、初タイトルの最多勝を手にした。

 阪神時代は「勝負弱い」と信頼されず、不本意な途中交代が多かったが、オリックスではローテーション投手として“大人の扱い”をしてくれた。年齢的に脂が乗り、現役生活の中で最もフォームが安定していた時期だったことも飛躍を後押しした。

 翌94年にも12勝を挙げ、95年4月21日のロッテ戦では、1試合19奪三振の日本新記録も樹立した。

 一方、古巣・阪神は松永が故障で十分働けなかったばかりでなく、たった1年でFA権を行使してダイエーに移籍。阪神ファンは「野田をただ取りされたようなもの」とボヤきにボヤいた。

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