「93万枚」が廃止されていたマイナンバーカード このままでは“第2の住基カード”に? 「多くの人が“便利さ”を感じていない」

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本末転倒の普及策

「コンビニで戸籍証明書が受け取れただけでもラッキーですよ。自治体によってはシステムが未対応で利用できないケースもありますから」(荻原氏)

 なぜいまだに、そんな状態なのだろう。

「マイナ保険証で言えば、そもそもカードの普及を目的として健康保険証を廃止するという手法が本末転倒で、結局、マイナ保険証への一本化はできず、従来の健康保険証とそっくりの資格確認書が発行されるようになりました。保険証廃止の延期が繰り返され、東京の世田谷区や渋谷区では、マイナ保険証を持っていようといまいと住民に資格確認書を発送するようになっています」(荻原氏)

 便利が売りだったのに?

「日本の特に政府が行うITの導入は、逆に不便になることが多い。一度はマイナンバーカードを作ってはみたものの便利さを感じず、更新時期がきてもそのままという人が少なくないのだと思います」(荻原氏)

 そのむかし“インパク”こと「インターネット博覧会」という、実際の博覧会を模したインターネット上のイベントがあったことをご存じだろうか。

「ITを“イット”を読んだといわれる森喜朗首相の置き土産として知られ、2000年の大晦日から1年間、インターネットの普及を狙って110億円もの予算を投じた“世界初”を謳った大イベントでした」(荻原氏)

 聞いたことがないという方もいるだろう。

Suicaに敗れる

「ご存じないのも無理はありません。当時の日本はまだブロードバンド環境が整っていなかったため、ほとんどの人が見ることができませんでした。政府が関わるとこんなことになります。一方、ちょうどこの頃からデンマークなどの北欧諸国はブロードバンド環境を整え、アプリの開発を支援、インターネットが使えない人には手厚いケアをしてきました。それを20年続け、北欧諸国はIT先進国と呼ばれるようになりました」(荻原氏)

 また、コロナ禍では台湾にIT力を見せつけられた。

「日本政府が最初に行ったのは“アベノマスク”の配布でしたが、台湾のデジタル担当相だったオードリー・タン氏は薬局や医療機関のマスクの在庫状況をリアルタイムで表示する“マスクマップ”というアプリを開発。台湾人はマスク不足に慌てることがなかったのです」(荻原氏)

 そして、マイナンバーカードの不便さは能登半島地震で立証されたという。

「震災時、河野太郎デジタル相(当時)は自身のXで《マイナンバーカードはタンスに入れておかないで財布に入れて一緒に避難して》と呼びかけました。マイナ保険証と連動しているので薬の情報が避難所などで共有できるとか、避難所の入退状況を把握するために役立つとのことでした。しかし、マイナ保険証で見られるのは医療報酬の明細書であるレセプトにすぎず、それが登録されるまでには2カ月ほどの時間がかかる。数日前に抗生物質が出されたとか、リアルタイムの情報がないのです。そんな情報が共有されても役には立たないでしょう。また、避難者の状況確認には、結局、マイナンバーカードではなくSuicaが使われました」(荻原氏)

 言うまでもないが、JR東日本の交通系ICカードである。

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