「死ぬ間際に天下取ったら兄ちゃんの人生、勝ちだからよ」 俳優・寺島進を支えた“世界的な監督”の言葉

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逃げ場所を作っておかないと…

 作家の松野大介が文化放送出身のアナウンサー、吉田照美(75)に何度かインタビューしているが、吉田が「今あるのはあの人のおかげ」というテーマで、たけしのことをこう語った。

 81年から「ビートたけしのオールナイトニッポン」(ニッポン放送)が始まったが、その前年に始まったのが「吉田照美の夜はこれから てるてるワイド」(文化放送)。二人は下町育ち。吉田はたけしの番組を聞いてこう思った。

〈しゃべり言葉が似てたんです。それで「局アナの僕だって、アナウンサーっぽいしゃべりをやる必要がないんだ!」と吹っ切れた。生まれ育ちの使ってきた言葉でしゃべればいいんだと〉

 吉田は「たけし軍団」に入りたいと思うほどになったという。その後、フリーになってテレビにも出るように。たけしファンを公言していた吉田に、これからたけしの取材に行くという記者が声をかけ、たけしがやっていた店に連れて行き、紹介してくれた。

 しばらくして、偶然に入った店で(その店に入ったら、たまたまたけしがいて)たけしに再会し、「こっち、こっち」と呼ばれた。吉田が今も肝に銘じているのはその時に話してくれた言葉だ。

〈こういう仕事やってる人間てのは、いっぱい逃げ場を作っておかなきゃいけない〉

 たけしは漫才、映画、文章、絵と多彩な活動を続けている。その話を聞いて「オレも」と思い立ち、好きだった絵を描くようになり、油絵の個展を開くまでになった。

最高の常識人であれ

 弟子といえば、何をおいてもたけし軍団。メンバーそれぞれが受け止めている言葉があるはずだ。かつてのオフィス北野からたけしが離れ、今はTAPという会社になり、つまみ枝豆が社長、ダンカンが専務を務めている。

 放送作家としても活躍しているダンカン(67)が師匠から言われ、大切にしている言葉を「生きるクスリ」というテーマで聞くことができた。

〈20代の頃かな。「芸能界は楽でいいですね。この仕事に就いてよかった」みたいなことを言ったんです。人気者になって、放送作家としても自分の書いた物が番組になり、楽しくてしょうがない時期です。そうしたら「一般の人は高校、大学を出て会社に入って、毎日毎日電車に揺られて、60歳まで働いて定年を迎え、それで仕事したって言うんだ」と言われた。「そうか、俺はまだ仕事になっていないんだな」って思って、ずっと働いてきました〉

 ものすごくまっとう。常識人と言った方がいい。そのことも前掲書『弔辞』ではこんな風に書いている。

〈芸人にとって最高の武器は「最高の常識人であること」だと思っている〉

 人を笑わせ、楽しませるために大切なのは常識をわきまえること――奥深い指摘である。

峯田淳/コラムニスト

デイリー新潮編集部

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