「サバンナ高橋」を救った相方・八木の異例対応 「いじめ騒動」を収束させた危機管理「100%茂雄に責任」

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「いじり」と「いじめ」

 プロの芸人は基本的にいじりといじめは違うと明確に線を引いていて、それらは別々のものであると認識している。そのため、笑いのための「いじり」が世間でいじめのように受け取られるのに反発することもある。

 しかし、いじりがその場で笑いになっていたかどうかということと、言われた側が傷ついていたかどうかは別問題である。いじりのつもりでやっていることでも、受け手にはいじめだと感じられてしまうこともある。八木は今回の件でそこを取り違えなかった。

 ここに八木真澄という人物の本質が見える。八木といえば、一般的には「ブラジルの人、聞こえますかー!」といったギャグを持つ明るい天然キャラのイメージがある。サバンナというコンビにおいても、高橋がトークの対応力の高い器用なプレーヤーとして評価されてきた一方で、八木は予測不能なボケを放つつかみどころがない人間のように見られてきた。だが、今回の件で浮かび上がったのは、その天然キャラの奥にあるきわめて常識的で誠実な一面である。

 近年のスキャンダル報道や炎上騒ぎというのは、事実そのものよりも、事後対応のまずさによって拡大することが多い。謝罪の言葉が曖昧だったり、余分な言い訳が多かったりすれば「本当は反省していない」と受け取られるし、被害を訴えた側への配慮が欠けていれば、さらなる批判を招くこともある。

 その点、八木は被害者に配慮した上で、相方の高橋の責任を明確にした。そして、コンビとして自分自身にも責任があることを認めた。誰かを悪者にするのではなく、関係を修復する方向に積極的に動いていったのだ。

 今回の件で明らかになったのは、芸人としては天然キャラと思われていた彼が、実は人間関係の勘所を外さない社会性のある人物だったということだ。大ざっぱに見える人が、実は人の痛みに敏感である。頼りなさそうに見える人が、いざというときに逃げずに前に出る。普段は笑われる側に立っている人が、誰かが本当に傷ついている場面では、その傷を軽く扱わない。そこに八木という芸人の魅力がある。

 八木が示したのは、相方をかばうことでも、後輩の訴えを軽く扱うことでもなく、傷ついた側の思いを受け止めた上で責任を引き受ける姿勢だった。天然で不器用に見える彼が、誰よりもまっすぐに事態の核心を捉えていたのだ。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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