消滅危機の「リブゴルフ」 最大の敗因は「グレッグ・ノーマン」か…因縁のPGAツアーに切るべきだった“仁義”

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PGAツアーとノーマンの微妙な関係

 仁義を切るべき立場にあったのは、言うまでもなく、リブゴルフ創設に奔走し、初代CEOになったグレッグ・ノーマン氏だった。彼が古巣のPGAツアーに仁義を切らなかったことは何よりの失敗だったが、昔からPGAツアーに対して敵対心を抱いていたノーマン氏がリブゴルフを立ち上げ、CEOを務めたことは、仁義云々以前の根本的失敗だったと言っても過言ではない。

 ノーマン氏はPGAツアー選手だった時代に、斬新な構想を思い描いては提案。その1つだったワールドツアー構想は、後の世界ゴルフ選手権になった。プレジデンツカップの草案もノーマン氏のアイデアだった。しかし、ノーマン氏が発案者だったことは、まったく表に出されず、優れたアイデアマンとしてのノーマンの存在は、毎回、掻き消されてしまった。

 そうした過去の経緯を大いに不満に思っていたノーマン氏は、まるで「PGAツアーの鼻を明かしてやる」と言わんばかりに、端から敵対する格好でリブゴルフを立ち上げた。だからこそ、挨拶もなく、礼を尽くすこともなく、仁義を切ることをしなかったのだ。

 そして、当時のPGAツアーを率いていたジェイ・モナハン会長は、そんなノーマン氏に真っ向から応戦する形で、敵対心や対抗心を剥き出しにした。

 もしもリブゴルフが、つまりノーマン氏が事前に仁義を切っていれば起こらなかったかもしれない対立や確執が、実際には仁義を欠いたことで起こってしまった。今思えば、きわめて残念な始まり方だった。

斬新すぎたがゆえの失敗

 しかし、リブゴルフの失敗は、それだけではなかった。これまでの概念を一新する斬新なゴルフツアーを目指して創設されたリブゴルフは、ギャラリーに「Quiet, please!(お静かに)」と呼びかけられるゴルフの試合会場を、それとは正反対のお祭り騒ぎの場として、「Golf, but louder!(ゴルフだけど、大騒ぎしようぜ)」を謳い文句に掲げた。

 とはいえ、それは必ずしも失敗や間違いとは言い切れず、実際、リブゴルフの観戦に訪れたギャラリーは、賑やかなフェスティバルを大いに楽しんでいた様子だった。

 だが、斬新さが必ずしも良い結果を生むとは限らない。リブゴルフが「ゴルフは4日間72ホール」を覆して「3日間54ホール」をウリにしたこと、それをアイデンティティに掲げたこと、そして全組が一斉にショットガン・スタートする形式にしたことは、斬新すぎたがゆえの失敗だった。

 選手にとって3日間の短期決戦は、疲労が少なく、“コスパ”も良かったのかもしれない。しかし、ゴルフのTV中継においては「木曜から日曜の4日間72ホール、1番と10番からの順次スタート」が長年の「定型」となっているため、不慣れな日程、不慣れな形式のリブゴルフは、日程的にも技術的にも「調整が難しい」「手を出すのはリスキー」と見られ、リブゴルフの放映権契約は難航をきわめた。

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