TBS「ONE CHANCE」が画期的だった理由 漫才王者9人が「今一番面白い」無冠の芸人を推薦

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ゆるい雰囲気

 最大の特徴は、あえて「賞レース」であることを強調せずに、ゆるい雰囲気を残しているところだった。出場者は、多くの芸人が参加するオーディションや予選を勝ち抜いているわけではないので、そこには「厳しい予選を勝ち抜いた」といった要素が存在しない。だからこそ、ほかの賞レースのように無理に緊張感を高めるようなことはしていなかった。そのおかげで視聴者は番組を気軽に楽しむことができた。

 また、ネタとトークの両方で競わせていた点も見逃せない。現在の芸人に求められている能力は、ネタの面白さだけではない。賞レースで勝つためにはネタの完成度が問われるが、テレビで生き残るためには、人物としての引っかかり、トークでの対応力、場に置かれたときの違和感や愛嬌が必要になる。つまり「ONE CHANCE」は一種の漫才コンテストでありながら、テレビスター発掘番組でもあった。この点が「M-1」などの純粋な賞レース番組とは大きく異なっていた。

「M-1」の決勝は、競技としての緊張感が極限まで高まる場所である。芸人も視聴者も、そこでは一語一句の精度、構成の美しさ、爆発の大きさ、審査員の評価を見ている。だが、「ONE CHANCE」の見どころは、もう少し雑然としていた。

 完成されたスターを見る場ではなく、まだ世間に見つかりきっていない芸人が、ゴールデンタイムの照明の中にいきなり放り込まれる。そのぎこちなさ、過剰さ、場違い感、妙な熱量が番組全体にあった。そこがこの番組独自の魅力になっていた。

 デルマパンゲ、ひつじねいり、イチゴのように、熱心なお笑い好きの間ではすでに知られているが、一般的なテレビ視聴者にはまだ十分には浸透していない芸人が出場していたことは象徴的だった。彼らは劇場やライブシーンでは一定の評価を得ている。

 しかし、地上波テレビのメジャーな場所ではまだ十分に知られていない存在でもある。すでに売れている芸人は安心して見られるが、完全に未熟な芸人は見ていられない。その中間にいる、実力はあるがまだ世の中に見つかっていない芸人を、大きな舞台に引きずり出したことにこの番組の意義があった。

 この番組が示したのは、お笑い界にはまだまだテレビに出ていない面白い芸人がいる、という当たり前の事実である。しかし、その当たり前をゴールデンタイムで見せることには大きな意味がある。

「ONE CHANCE」は単なる新しいお笑い賞レース番組ではなく、現在のお笑い界が次の才能をどう見つけ、どう世に送り出すのかを問う意欲的な番組だったのだ。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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