なぜ「れいわ」は市議選で6連敗するほど凋落したのか 山本太郎代表を追い込んだ“大石晃子氏の暴走”と“切り捨てられた男からの倍返し”
告発の源となった「怒り」
今年3月、多ケ谷氏は衆院議員に初当選した直後の2022年、山本代表からの要求で党職員を名義だけの公設秘書として雇ったと「週刊新潮」に告発。自分以外にもれいわ所属の国会議員は党に秘書枠を上納する慣行があったと語った。
「新潮社による怒涛の追及キャンペーンがスタートしたのは、それからです。これまで山本代表の独裁体制の下で執行部批判はことごとく封印されてきましたが、多ケ谷氏に続けと党に不満を持った人たちが新潮社に駆け込むようになった。山本太郎代表の『オービス・スピード違反放置問題』、大石共同代表の夫で大阪府職員の『偽名秘書名刺』、しまいには櫛渕万里前衆院議員の『幽霊秘書疑惑』も発覚。今や党は“疑惑のデパート”と言われるまでになった」(同)
当の多ケ谷氏は山本代表から切られたことへの「怒り」が告発のきっかけになったことを隠さない。本人が語る。
「私は今年1月、超党派のイスラエル訪問団に加わり、ネタニヤフ首相と会談した件について、大石氏らから『イスラエル支援に回った』と一方的に責められ、離党を余儀なくされました。しかし、私は党内の関係者3人にちゃんと相談した上で渡航していました。そもそもイスラエル側に立っての行動ではなく、対話を通じた紛争解決のために訪問したのです。にもかかわらず、大石氏らは私への意見聴取も行わないまま、密室で公認取り消しを決めてしまった」
多ケ谷氏を燃えさせた山本代表の「犬笛」
多ケ谷氏は処分に納得できなかったが、世話になった党に迷惑をかけまいと黙って去ろうとしたという。だが、離党した直後、山本代表がYouTube動画の中で言い放った言葉に考えが変わった。
その動画で、山本氏はこう語っていた。
「『迷惑かけるわけいかないから自分の責任で行きました』ってヤツほど人のせいにする。これ、世界の7不思議みたいなものですけど。お前に責任取れるはずないだろうって話なんです。そういうことがわかった人が国会でちゃんと仕事してほしい今日この頃です」
名指しせずとも明らかに多ケ谷氏に向けた言葉だった。多ケ谷氏は動画を見た時の感情をこう吐露する。
「カッと頭に血が上りました。新潮さんの報道によれば、私の離党騒ぎが起きている最中、太郎はスリランカでサーフィンして遊んでいた。しかしその間、私に電話やLINEの一本すら寄越してもいないんです。そして直接手を下さず私のクビを切り、コケおろし、支持者に向けて犬笛を吹いた。卑怯な男です。許せないと思った」
だが、告発に至ったのは「私怨だけではない」と続ける。
「納得いかない形で党を去ったのは私だけではありません。週刊新潮で私と一緒に告発してくれた山本代表の元私設秘書B君もそうでした。彼は党に言われるがまま、名義貸しの秘書にさせられたり、外されたりのデタラメな労務を強いられた後、私と同じように山本代表から切り捨てられました。彼はまだ20代半ばの若者ですよ。よくもこんな酷いことをできるものかと、心底腹が立ちました」
山本代表が以前から掲げている政治スローガンに“一人も取り残さない”という言葉があるが、多ケ谷氏は「彼は真逆のことをやってきた」と訴える。
「れいわを離れてから、党から不条理な扱いを受けてきた仲間が大勢いることを知りました。だから、自分の怒りだけではなく、仲間たちのためにも倍返ししてやろうという気持ちで告発したのです。山本代表と大石氏の“悪魔合体”によってできた独裁体制を潰さない限り、れいわの再生はないと考えています」
後編【どうなる「れいわ捜査」東京地検特捜部と警視庁捜査2課は本当に動くのか 党内では「山本太郎代表よりもヤバい前国会議員がいる」の声】では、多ケ谷氏の告発から始まった「秘書給与詐取疑惑」の捜査について社会部記者らが解説している。








