樹木希林、原田美枝子、宮沢りえ…名女優たちが“母”を演じた名作5選【母の日の映画案内】
母とCODAのぼく
〇「ぼくが生きてる、ふたつの世界」(2024年)
CODA(Children of Deaf Adults)。聴覚障害を持った親のもとで育った、聴こえる子どものことだ。
大(吉沢亮)は、ろう者の両親(忍足亜希子、今井彰人)を持つCODAだ。レストランで母と手話をしていると、他の客がこちらを見て話題にしている。大は「聞こえてます」と言い母をかばう。小学生の時はそんな優しい子だった。
しかし、友だちから「お前の母さん、話し方変だな」などと言われ、徐々に「普通ではない」生活に息苦しさを感じる。やがて、成長すると逃げるように東京に出てしまうのだ。
吉沢が「国宝」の前に出演した作品で、“聞こえる世界”と“聞こえない世界”を行きする心の揺らぎを繊細に演じている。
ろう者俳優の忍足亜希子が母親を演じる。息子が反抗期の時、「大ちゃんの声を聞きたいから」と20万円もする補聴器を買う一途な姿が愛らしい。大が志望校に落ちて「こんな障害者の家に生まれたくなかった」と言われても温かく見つめる母だ。
大が帰省した時、両親がどんな思いで子どもをもうけたかを知る。これまでの母の愛が次々と浮かんできた大は号泣する。
公開時に、忍足に話を聞く機会があった。忍足の夫と娘は聴者だという。CODAの娘さんはこの作品を観て何と言われましたか、と聞くと「家にいるお母さんと違う、と言ってました」と笑いながら答えてくれた。それはやさしい母の顔だった。
東京で暮らす息子を訪ねる
〇「一人息子」(1936年)
小津安二郎のトーキー第1作で、母が息子にかける思いを描いている。
信州の製糸工場で働きながら、女手ひとつで息子を育てる母(飯田蝶子)は、将来のために息子を進学させる。13年後、母は東京に住む息子(日守新一)を訪ねると、いつの間にか結婚し赤ん坊までいた。市役所を辞めて、今は夜間学校の教師をしているという。
母をもてなすために息子は同僚から借金をし、妻は着物を質屋に入れる。母はそれを見て、息子たちの生活がかなり苦しいことを知るのだった。
公開された昭和11年は、昭和恐慌の影響が色濃く残る時期だ。地方は疲弊し都市部は安定した雇用が望めない。母が懸命に働き息子に希望を託すのは、庶民の切実な願いだ。
しかし、母の期待通りにはならない。東京で「成功しているはず」の息子は、低賃金の夜学教師となり慎ましい生活を送っている。学歴が必ずしも経済的成功につながらない時代なのだ。
その後、母は息子が近所の怪我をした子どもを助け、治療代まで工面してやる姿を見る。母は「かあやんはな、お前のような倅を持って今日ほど鼻が高かった事はないよ」と言い、お金を置いて信州に帰っていく。
帰宅した母は、工場の同僚に息子が成功していると話す。そしていつものように働くのだった。
当時は経済的達成を「成功」と考える時代だ。しかし本作の母は、生活が苦しくても誠実に生きる息子を見て自分を慰める。そこに深い愛情が見える。子どもが幸せになってほしいと願う母の心はいつの世も変わらない。
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