「ゴミ屋敷」報道で顕著になった「ゲスな取材」 会見で「下品な大笑い」をした芸能リポーター 「ワイドショー」の“功罪”

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倉田まり子さん会見

 1984年10月、倉田さんは1人で会見に臨む。倉田さんは芸能リポーターたちに対し、ノンバンクから融資は受けたが、通常の貸借行為だと主張した。実際、この融資自体に法的問題はなかった。金銭消費貸借契約書も交わしていた。倉田さんは中江氏との特別な関係も否定した。

 しかし、芸能リポーターの多くは信じなかった。「金は愛人になった見返りにもらったもの」と決めつけ、倉田さんの説明を聞かない。「特別な関係にない人が融資なんてしてくれない」と断じた。倉田さんが、「どういう答えを希望しているのですか」と溜め息を吐く一幕もあった。

 あるリポーターは倉田さんに対し、「中江さんに口説かれたことが何度もあったと思うんですがね」と尋ねた。倉田さんが「なかったんです」と答えると、ある女性芸能リポーターは大声で笑った。「アハハハハハハハハ!」。孤立無援の倉田さんと視聴者はどう思っただろう。

 その後の1985年、倉田さんの証言は真実であることが東京国税局によって証明される。7000万円は融資であると認定した。投資ジャーナル側が持っていた倉田さんの債権を国税が差し押さえたのである。仮に倉田さんが金をもらっていたら、国税は贈与税を課しただろう。

 この報道は刺激的でいかにもワイドショー的だった。大きな話題になった。しかし、同時にワイドショーの信頼を損ねた。この時期にワイドショーは刺激を放棄すべきだったのではないか。そうすればゴミ屋敷報道やASKAの問題は避けられ、衰退もなかったかも知れない。

 この一件のあと、倉田さんは引退した。才能を強く感じさせる人だったので惜しいと思う人は多かっただろう。もっとも、倉田さんは別の道で成功する。

 芸能界を離れたあとの倉田さんは大手国際法律事務所の弁護士秘書や資格試験予備校の執行役員・講師を務める。そして2003年にはキャリア・カウンセラーとして独立。企業や自治体、学生などを対象に講演や研修活動を始めた。内容は就職試験指導やスキルアップ指導などである。

 その指導は評判高く、今も4つの大学で特任教授や非常勤講師を任されている。著書も多数あり、キャリア・カウンセリングの権威になった。努力を積み重ねたことは想像に難くない。

 衰退期にある今こそワイドショーの功罪は検証されるべきではないか。テレビの現在と未来にきっと役立つはずだ。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部

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