杉村春子、加賀まりこ、淡島千景…名女優が“母親役”に 「昭和の子どもたち」を描いた名作5選【こどもの日の映画案内】
おならとテレビ
〇「お早よう」(1959年)
小津作品をもう一つ紹介しよう。
多摩川の土手沿いにある集合住宅。同じ平屋が何軒も並んでいる。東京オリンピックを5年後に控えた高度成長入口の時だ。そこに住む中学生たちが、通学途中にお互いの額を指で押すとおならを出すという練習をしている。
当時はこんな他愛もない遊びが流行っていたのだろうか。うまくできなかった子が、“中身”を出してしまうところは笑ってしまう。その子を「もうパンツ穿かなくていい」と叱る母親が杉村春子だ。
杉村は噂話が大好きな原田家の主婦。どこの家が洗濯機を買ったとか、町内会費が届いていないなどと触れ回る。相変わらずの上手さだ。
林家の夫(笠智衆)は定年が近いが、まだ中学生と小学生の子どもがいる。将来が不安なのに、テレビを買ってほしいとせがまれ困惑顔だ。この頃テレビの普及率はまだ30%程度で、テレビがある家で観るのが一般的だった。作品でも兄弟が相撲見たさに近所に入りびたる様子が描かれる。
兄弟はテレビを買ってくれない父に反抗して、口を利かなくなる。といっても話したい時はタイムをしたり、ジェスチャーで伝えるなどユーモラスな反抗だ。
反抗の末、プチ家出をした兄弟が帰宅すると、家には「ナショナルテレビ」の箱が置いてある。父が根負けして購入したのだ。大喜びをする兄弟に、当時の自分の姿を重ねる人もいるに違いない。
世相の反映だろうか、「生れてはみたけれど」のような哀感はない。カラー画面は明るさに溢れ、子どもたちを包み込むようにスケッチしている温かな作品だ。
一夏の出会いと別れ
〇「泥の河」(1981年)
小栗康平の第1回監督作品。船に住む姉弟との出会いと別れの一夏を叙情的に描く。
昭和31(1956)年、大阪の安治川。小学3年生の信雄は、川っぷちで食堂を営む両親(田村高廣、藤田弓子)と暮らしている。
ある夏の日、信雄は喜一という同じ歳の少年と出会う。みすぼらしい身なりの喜一は、川向こうに停泊している船に住んでいた。やがて姉の銀子とも仲良くなるが、姉弟の住む船は郭船で母がそこで客をとっていた。
信雄の両親は2人を温かく家に迎える。喜一は気に入られようと懸命に軍歌を歌って見せ、姉はいつも伏し目がちで静かだ。健気な2人の姿が悲しい。
船を訪れた信雄は姉弟の母(加賀まりこ)に初めて会う。この時の加賀はとても妖しく美しい。信雄に「いっつも波に揺られてんと、生きてるような気がせえへんようになったんよ」と気だるい様子で語りかける。
天神祭りの日。喜一のポケットには穴が空いていて貰った小遣いを落としてしまう。喜一は「お金を持って祭りに行くのは初めてだ」とはしゃいでいただけに切ない場面だ。
喜一の目がいい。厳しい環境でも卑屈にならず前向きな目だ。昭和の時代にはこんな子が確かにいたのだと思う。しかしある時、信雄は喜一の母が客をとっているのを偶然に見てしまい、逃げるように帰ってしまう。その時の喜一の目はとても悲しげだ。
翌日、船が曳航されていく。喜一は何も言わずに去って行くのだ。「きっちゃーん!」と呼びながらどこまでも追いかける信雄は、この夏のことをいつまでも忘れないだろう。
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