結局「ネット選挙」とは“SNS”と“切り抜き動画”による一方的な印象操作のことだったのか 専門家は「ネットの長所である双方向性が失われ、対話と熟議が消えた」
特に若者の投票率は上昇
ここへ有権者として、本格的にデジタルネイティブ世代が参入してくる。しかも、すでに50代、60代もネットを使いこなす層になっている。となれば、10年を待たずにSNSが主戦場となると予想するのは別に難しいことでも何でもない。誰にでも簡単にできる。
ネットが主戦場、SNS(とSNSで積極的に拡散するユーザー)こそがメディア――この意識が全員に共有されはじめて2年、選挙戦は早くも様変わりした。25年の参院選では投票率が前回より6ポイントほど上昇したのだが、なかでも10代から30代では約10ポイントと顕著な上がり方を見せた。
また、24年都知事選で石丸陣営がとった戦術からの学習なのか、解散が俎上に乗るや候補者や党の主要な人物の切り抜き動画が急増、公示後もその投稿は増え続けた。これを取り上げて、切り抜き動画の本数と視聴数が議席獲得数の先行指標になる、との選挙戦分析まで登場した。
動画投稿サイトを確かめてみると、本当にたくさんの自民党の切り抜き動画が投稿されていて、コメント欄にも1000近い書き込みがあるのが当たり前。なかには2000近いコメントがあるものも複数見つけた。これで、実際に強い相関があるのではないか、との印象が深まった。
消えた「有権者による熟議」
SNS=スマートフォンを乗っ取った者が勝つ。短く、わかりやすく訴えて、染め上げることが重要。現在のネット選挙のリアルを端的にまとめれば、そんなふうに言えるかもしれない。
これじゃ、まるで人気投票じゃないか。今回の選挙では、最初から最後までそのような危機感を呈する識者が相当数いた。SNS戦略、切り抜き動画の拡散、敵味方に分けて相手を叩くような印象操作、たしかにモノを売る時の人気取りのマーケティングを彷彿とさせる。
そこで、ふと13年当時の思いに立ち返る。有権者による「熟議」はどこへ行ったのか。
なくはなかったが、ほぼなかった。送り手も受け手もタイパを前提としたSNS上での「わかりやすさとイメージの飽和攻撃」の前では、熟議の居場所は極めて限られていた。
理由は簡単だ。情報発信の主導権を送り手である候補者側が持ち続けていたからだ。ネット=SNSの特色である双方向の対話ではなく、これでもかとスペースを埋めて染めあげるかのような一方通行の情報の奔流のなかで、敵味方に別れての叩き合いがほとんどすべての様相だったのだ。
そもそも、SNS選挙元年とのワード自体、それほど喜ばしいことでも褒められたことでもないのではないか。そんなふうに思うのは、最近になってSNSが生存以外の本能を満たしていると気づいたからだ。
第3回【「ネット選挙」を取材し続けるITジャーナリストが「選挙にそこまでネットが必要か?」と考えるに至った理由…「選挙公報とニュースを読めば2~3時間で争点は分かる」】では、ネット選挙の光も闇も取材を重ねてきた井上氏の結論が何と“ネット選挙デトックス”だったという衝撃の結末について詳細に報じている──。
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