今やカバン、看板よりも「ネット地盤」だが…SNSが選挙の主戦場になるまで「ネット選挙」が全く盛り上がらなかったのはナゼか
ニコニコ超会議と安倍晋三氏
日常に忙殺されている有権者にとっても、ネットでの情報が大切な一票の行き先を決める強力なアシスタントとなる。
選挙での活用こそ、原初のネットが目指した「パワー・トゥ・ザ・ピープル」の好例なのではないか。
候補者と有権者との思いが時空間を超えてネット上で交差する時、ネットのメディア特性=即時的かつ網羅的な双方向性が存分に発揮され、熟議が育ち、民主主義が成熟していく礎となるのではないか。
ネット選挙が解禁された当時、筆者は各メディアにてその意義や明るい未来を大いに語った覚えがある。
だが、期待に反して、長らくネット選挙は主役になれなかった。ネット上で熟議が熱く交わされることもなかった。07年都知事選の外山恒一氏のように、散発的にブログや動画を選挙戦に活用した候補者が現れたが、全国的な大きな盛り上がりとは言えず、状況は凪いでいるような、閉塞したような感じだった。
各党、候補者とも、ネットの使い方を研究して学び、ネットへの浸透の試みはしていた。13年のニコニコ超会議には自民党ブースが初登場。時の首相であった安倍晋三氏が自ら来場したことでニュースとなるとともに、“ニコニコ界隈”における自民党岩盤支持層の基礎を築くことに成功した。
止まらない投票率の低下
このインパクトは小さくなく、翌年には野党もこぞってニコニコ超会議にブースを出展、ネット上の票田を開拓すべく“界隈”のネットユーザーとの交流にあの手この手を繰り出すこととなった。
先に見た通り、2013年4月に公職選挙法が改正され、インターネットを利用した選挙運動が可能になった。
ところが2014年の衆院選の投票率は、衆院選としては戦後最低となる投票率52・66%をマーク。19年の参院選では、参院選としては下から二番目となる投票率48・8%を記録してしまう。ネットを介して若年層へもリーチしたはずなのに、政治離れは進行したままで、当然結果にも結び付いてこない。
状況に変化をもたらしたのはコロナ禍だった。2020年から日本をコロナ禍が襲い、選挙活動におけるネットの比重が増した。
それから11年後の2024年に行われた東京都知事選と兵庫県知事選で、ネット選挙の“威力”を有権者は目の当たりにした、という流れだ。
第2回【結局「ネット選挙」とは“SNS”と“切り抜き動画”による一方的な印象操作のことだったのか 専門家は「ネットの長所である双方向性が失われ、対話と熟議が消えた」】では、なぜ“ネット選挙”はインターネットの特性である双方向性が発揮されず、誹謗中傷やデマを含めた「一方的な情報の奔流」と化してしまったのか、井上トシユキ氏の分析をお伝えする──。





