なぜ原宿は再び「アイドルの聖地」になったのか ジャニーズもハロプロも去った後に起きていた「静かな革命」

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「原宿から世界へ」

 現在のアイドルシーンにおいて、無視できない大きな潮流となっているのが「KAWAII LAB.(カワイイラボ)」の存在だ。FRUITS ZIPPERを筆頭に、CANDY TUNE、CUTIE STREETといったグループを次々に生み出し、バイラルヒットを記録。その勢いは国内に留まらず「原宿から世界へ」というスローガンを体現しつつある。【大宮高史/ライター】

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 女性アイドルのプロジェクトの総称である「KAWAII LAB.」。運営するアソビシステムは、原宿(渋谷区神宮前)に本社を置き、徹底してこの街のカルチャーとエンタメを掛け合わせてきた。

 アイドルの聖地といえば、専用劇場を持つ秋葉原(48グループ)や、地名そのものがブランドへと昇華された乃木坂・六本木エリア(坂道シリーズ)が真っ先に想起されるが、原宿もそういった聖地の一つといえる。

 そもそも原宿は、昭和末期から平成前期にかけてまごうことなき若者の街であり、タレントショップが林立。いわば当時から、推し活の街でもあった。そこに1988年12月、ジャニショことジャニーズショップが開店する。

 この頃の看板スターは光GENJIだが、その後2021年の閉店までジャニーズ歴代タレントのグッズショップとしてファンに愛された。全国のジャニーズファンにとって最も馴染み深い聖地の一つだった。

 メンバーに会える訳でもないし、東京ドームや帝国劇場のようにメモリアルなステージがある訳でもないのだが、グッズを買いに行くだけの場所ではない。名物のメンバーの写真を使ったプリクラを撮ったり、整理券を求めて行列に並んだりするのもファンの思い出になっていた。

 原宿とアイドルカルチャーの紐帯をより強くしたのが、1990年代末から2000年代にかけて爆発的なブームを巻き起こしたハロプロである。やはりつんく♂のなせる業か、世紀末前後のハロプロには、歌詞の中に原宿が登場する曲が散見される。「Do it! Now」「原宿6:00集合」(モーニング娘。)、「恋をしちゃいました!」(タンポポ)など。

 松浦亜弥のソロ曲を聴き直してみれば、デビュー曲の「ドッキドキ!LOVEメール」(2001年)で下北沢を楽しむ女の子を描いたかと思えば、翌年の「オシャレ!」で「裏原あたりで出会った子と 適当に 騒いで BYE-BYE」とつんく♂は松浦に歌わせている。

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