「美空ひばり」「北島三郎」は不合格で「テツandトモ」は合格! 「NHKのど自慢」参加者同士が結婚して司会アナが仲人に…「生まれた子どもの名付け親になったことも」
舞台から渾身のプロポーズ!
番組が質的に変化したのは1993年からとされる。この年から、本選の参加者を歴代最少の20名に絞り、1人1人にかけるインタビューを長くしたのだ。これにより、各人のその歌に賭ける想いが表出。人間ドラマとしても楽しめるようになったのである。
福岡県田川市の大会に出場したMさん(74)は脳こうそくで倒れ、一時は話せなくなるも、歌でリハビリに大奮闘。「その成果を見せたい」と、当日は呂律がやや回らないながらも歌い切った。富山県入善市大会の27歳の若者は、3年間交際している女性がいながら、その父の反対で結婚に至らず。そこで「のど自慢」に賭け、「嫁に来ないか」を顔を真っ赤にしながら熱唱。ゲストの小林幸子、山川豊も、「真面目で良い青年です」と応援。その後、婚姻に至った。義父からは、「真剣に歌う姿に、心打たれたよ」と言われたという。
数々の派生番組や大会も生み、「のど自慢荒らし」という存在も輩出した同番組。最後はその逸話で締めたい。
歌手、天童よしみは、幼少時から「のど自慢荒らし」として有名だった。同じく、常に会場で見かけ、仲良くなった少女がいた。「歌手になりたいねん」。上沼恵美子だった。お互い、切磋琢磨し、フジテレビの「ちびっこのど自慢」で優勝。天童は第15代、上沼は第16代のチャンピオンだったが、優勝者が集まる「グランドチャンピオン」大会は天童が制覇。上沼の父は、恵美子に言ったという。
〈「歌手になっても、あの子(天童)がおったらあかんで」〉(朝日新聞。2022年3月30日朝刊)
天童は1970年、16歳でプロデビュー。すると、上沼から手紙が届いたという。
〈「歌をあきらめて、お姉ちゃんと漫才します。よしみちゃん、これからも頑張って」〉(同紙より)
「その後、恵美子ちゃんが活躍する姿を見ると、もう嬉しくてね……」と語る天童。友情は現在も続き、天童のコンサートに訪れ声援を送る上沼の姿も見られている。
平成になってからの司会、宮川泰夫は、初代の司会者、高橋圭三に会った際、言われたという。
〈「宮川、人が笑顔で大きな口を開けて歌えるのは、世の中が平和だからこそだぞ」〉(「文藝春秋」2016年2月号)
90周年、100周年と言わず、「のど自慢」が永久に続きますように。
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