【特別読物】「救うこと、救われること」(14) 俵万智さん
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初めての歌集『サラダ記念日』が空前の大ヒットをし、一躍時の人となった俵万智さん。39年経った今なお、言葉に短歌に関わり続け、第一線で活躍しています。新書『生きる言葉』には、そんな俵さんの子育てや言葉への思いがあふれています。
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『生きる言葉』は、息子の子育ての話から始まっているのですが、まっさらな状態で生まれてきた生き物が、日本に住んでいれば日本語がペラペラになっていく、その過程を間近でつぶさに見られたという、すごく楽しい時間でした。
言葉を知らないときは、子供が何を思っているのか想像するしかなかったのが、言葉を覚えることで意思の疎通ができるようになる、言葉が人と人をつなぐ第一歩だと、子供との関係を通じて実感しました。
子供は的確に言葉につまずく
また、言葉を覚えていく過程というのも面白いんですね。子供はすごく的確につまずくのです。例えば「パンがない」という具体物がないことはわかっても、「時間がなくなる」というと、「え、何がなくなるの」って不思議に思う。表現が高度になると的確につまずくんです。
日本語って、ハナ、マメ、ソラなど2文字の言葉が圧倒的に多いのですが、たまに1文字の言葉もあって、「蚊に刺された」「血が出る」と聞くと、「カニに刺された」「チガが出る」と間違うんです。子供の脳がほとんどの言葉は2文字だと認識しているために起こるんですね。言葉を獲得していく途中の、言語学的には正しいつまずきで、その過程に立ち会えたのはとてもスリリングな体験でした。
息子が言葉を獲得していく過程で、しりとりなどいろんな言葉遊びをしました。お金や時間や物は使うほど減っていくのですが、言葉はただで無限に遊べて、使えば使うほど増えていく唯一のものではないかと思います。子供に授けてやれる宝物というか財産ですね。
私自身は、親が絵本や童話をよく読んでくれたので本好きの子供に育ちました。大阪で生まれて14歳まで育ち、福井で中・高校時代を過ごしたのですが、そのときに自分が関西弁で、クラスメートの話す福井弁と違うことに初めて気がつきました。最初は笑われましたが、福井弁を覚えていくとみんな喜んでくれて、言葉を覚えることは人と繋がることだと感じました。私自身が言葉を自覚的に意識した最初の体験でした。
佐佐木幸綱先生との出会い
大学では国語学を学んでいたのですが、2年生の時に佐佐木幸綱先生と出会って短歌に興味を持ちました。佐佐木先生の授業はとても面白く、先生の歌集がまた素晴らしいのです。現代短歌は今を生きる表現なのだと初めて知って、学問として言葉を対象にすることより、短歌を自分で作る方に興味が変わっていったと思います。
卒業後は高校の教師をしながら佐佐木先生の主宰されている結社に所属して作り続けていました。そこから『サラダ記念日』が生まれたのです。そのときは本当に忙しくなりました。テレビ出演も相次ぎましたし、歌集なのにドラマ化、映画化されたんです。短歌の依頼も沢山来ていました。
その渦中に佐佐木先生と対談の機会があり、先生から「歌の依頼は断るな」「あなたは心の音楽を聞ける人だから」と言われたのです。疲れ切っていた私は、依頼を選んだ方がいいのかなと考えていたのです。しかし、忙しくなったから歌が作れないというのでは本末転倒です。心の音楽というのは、外野の事に振り回されず、歌をしっかり作っていけばあなたは大丈夫という励ましだったと思います。実際、その通りに歌を作っていったことで、心の砦が守られたという感覚はあります。
短歌に教えてもらえた
いま、短歌はとても盛んです。高校生の「短歌甲子園」は年々参加校が増えて、レベルが上がっています。多くの大学に短歌サークルがありますし、文芸誌を始め、いろんな雑誌に短歌が載ります。変わったところでは、ホスト歌会、アイドル歌会、吉本の芸人歌会もあります。
短歌というのは日常の何気ないことを受け止められる詩の形式で、普通に暮らしていても作れるところがとてもいいですし、短歌を作ることで普通の暮らしも輝いていきます。
また、短歌というのは、受け取った人がそれぞれ自分に引き付けて味わえるところがあります。例えば、私が子育ての時に一番感じたこととして詠んだ歌―――。
最後とは知らぬ最後が過ぎてゆく
その連続と思う子育て
これを介護の場面と重ねる人もいます。人生の様々な状況で思い出すことができるのも、短い歌の力強さではないかと思います。
私自身のことで言うと、大学に入ったときに、文芸や、現代詩のサークルを覗いたのですが、自分を表現したいというコンテンツを山盛り持っている人たちが集まっていて、そういうものを持っていない私にはとても無理だと感じました。
でも短歌を作り始めたら、何でもない自分にも歌は出来るんです。空っぽだと思っていたけれど、何か表現したいと思っていた自分に、短歌はとても相性がよかった。普通に生きていても人生は歌うに値すると短歌に教えてもらえた気がします。
短歌のおかげで言葉にずっと関わり続けてきたから、私自身の人生が充実したし、短歌には本当に救われたと思っています。
■提供:真如苑




