阪神はなぜ連覇できないのか…球界七不思議「連覇なし」の真実
球団史上初の日本一を達成
この年から巨人のV9がスタートし、阪神は85年まで21年間優勝から遠ざかることになる。
その85年は、バース、掛布雅之、岡田彰布の“伝説のバックスクリーン3連発”に代表されるように、チーム打率.285、219本塁打(いずれもリーグトップ)の最強打線が威力を発揮し、球団史上初の日本一を達成した。
翌86年も連覇が期待されたが、エース・池田親興が5月末に骨折でリタイアし、掛布も死球による骨折などで3度にわたって離脱する不運に見舞われる。さらにストライクゾーンを低めにとる新ルールも打線に影響し、なかなか波に乗れなかった。
それでも前年の三冠王・バースの調子が上向きになった6月下旬から9連勝し、前半戦終了時点で首位・広島に4.5ゲーム差と連覇の可能性を残していたが、8月に6連敗するなど、長期ロードを境にじりじり後退。終わってみれば、またしても3位だった。
10年間で最下位6度という暗黒時代を経て、2003年に星野仙一監督の下、金本知憲らの加入で18年ぶりVを実現した阪神だったが、翌04年もジンクスを打破できなかった。
星野監督からバトンを引き継ぎ、常勝軍団を目指した岡田彰布監督はうまくチームを乗せ、混戦のなか、5月まで首位争いを演じる。
だが、前年13勝を挙げた伊良部秀輝の不振や、優勝した中日に10勝18敗と大きく負け越したことなどが災いし、66勝70敗2分の4位で終わった。
雪辱を期した05年、岡田監督は藤川球児、ジェフ・ウイリアムス、久保田智之の最強リリーフ陣“JFK”を確立し、前半のリードを守り勝つ野球で、監督就任2年目で初Vを実現した。
球界七不思議に終止符は打たれるか
しかし、それでも連覇への道は遠かった。
翌06年は開幕2連敗後に5連勝し、勢いに乗るかと思われたが、4月16日から5連敗と好不調の波が激しく、8月中旬に首位・中日に3連敗した時点で、一度は連覇も絶望的となった。
その後、8月27日の巨人戦で連敗を「5」でストップした直後、勝利投手となった藤川がスタンドのファンに「まだまだ皆さんのために、頑張っているということをよくわかってください」と泣きながら訴えた“涙のお立ち台事件”をきっかけにチームは結束。ここから6連勝、9月にも5連勝と9連勝を記録し、最大9ゲームあった中日との差を2まで詰める「70年のプロ野球史に残る追い上げ」(中日・落合博満監督)を見せた。
だが、9月30日、中日に1対7と完敗し、ついに連覇の夢は潰えた。
そして、第2次岡田政権1年目の2023年、「アレ(優勝)」を合言葉に守り勝つ野球で18年ぶりVを実現。日本シリーズでもオリックスを下し、85年以来2度目の日本一の座に就いた。
だが歴史はまたも繰り返された。「ア連覇」を目指した翌24年は、4月21日に首位に浮上も、交流戦中の5月29日に2位転落。その後も首位戦線に踏みとどまり、9月に首位・巨人を猛追するも、同23日の直接対決に敗れてから3連敗を喫し、またしても連覇を逃した。
その無念さをバネに、藤川球児監督就任1年目の昨季は、2位・DeNAに13ゲーム差のぶっちぎりVを果たし、今季は2リーグ制以降初の連覇にチャレンジすることになった。
前年防御率0.16をマークした絶対的なリリーフエース・石井大智が左アキレス腱断裂で今季中の復帰は微妙というマイナス要素はあるものの、「連覇の可能性大」の下馬評どおり、4月12日現在、2位・ヤクルトに0.5ゲーム差の首位と好位置をキープしている。
はたして、球界七不思議とも言われた“連覇なし”の歴史に、終止符が打たれる瞬間は訪れるのか。










