ショートカット、清楚、素朴…時代の象徴だった「広末涼子」 かつての透明感ヒロインが歩む「修羅の道」

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無理のないペースで仕事を

 しかし、そのような世間の受け止め方にも限界があった。年齢を重ねて、大人としての責任や落ち着きが求められる立場になったことで、かつては魅力に見えていた不安定さが、次第に本物のリスクとして顕在化してくるようになった。直近のトラブルは、まさにそれが現実の形を取ってしまった出来事だった。

 しかも、今回は単に本人が責められるだけのスキャンダルではなかった。大きな交通事故を起こしていて、一歩間違えればさらに重大な被害が出ていたかもしれない案件である。加えて、逮捕という重い事実があり、さらに本人が病気を抱えていたことまで明かされた。ここへ来てようやく、多くの人が「広末らしさ」として受け止めていた危うさが、現実の社会的な問題として具現化してしまった。これまでの騒動とは重みが違っていた。

 難しいのは、これから広末涼子というタレントの本質をどう捉えるかだ。今回の騒動を経た後では、単に「危なっかしさも含めて魅力的だった」という無邪気な見方をすることはできない。ただ、その要素を完全に切り離してしまえば、広末という人物の実像も見失われることになる。

 今後の広末にとって重要なのは、今回の件をなかったことにして元の場所へ戻ろうとしないことだろう。もちろん、俳優として復帰するのが最も自然な形ではあるのだが、それを急ぐべきではない。必要なのは華々しい復活劇ではなく、地味で慎重な再始動のプロセスである。自分の特性を理解し、それを周囲も共有し、無理のないペースで仕事をしていくのが最善策なのではないか。

 彼女の女優としての将来は、必ずしも悲観一色ではない。彼女が抱えてきた危うさは、今後の仕事で生かされる可能性はある。特にトラブルもなく平穏に生きてきたタイプの人には出せない陰の部分が彼女にはある。壊れやすさを抱えたまま生きてきた人間の複雑さを引き受けた上で、それを表現に変えていけるなら、広末にしか出せないものはまだ残っているはずだ。今後の彼女に問われているのは、彼女自身がこれまでの自分をどう引き受けて、どう変わっていけるかということなのだ。

ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。

デイリー新潮編集部

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