達成も未遂も紙一重…ノーヒットノーランを分けた“ヒヤリの瞬間”
隠れた名采配
一方で、7回1死、緒方孝市の三ゴロは、打球を処理した現タレントの長嶋一茂氏が2019年4月28日放映の「お笑いワイドショーマルコポロリ!」(関西テレビ系)で、「あれはセーフだった」と打ち明けている。
「サードのライン際にゴロ打って、オレがバックハンドで捕ってファースト投げたシーンがあったの。緊張しちゃって、ボールが滑っちゃってスライドしたの。落合さんファーストで、ギリギリ(腕)伸ばしてうまくアウトにしたんだけど……」。
この場面の映像を見た長嶋氏は、落合の足がベースから離れていることに気づいたという。だが、幸いにも塁審が捕球時の状況を捉えにくい位置にいたため、確認できなかったようだ。本来なら三塁手に送球エラーがつき、“準完全”に格下げされてもおかしくないところを、アウトに見せた落合の“神演技”に救われたことになる。
完全試合といえば、ロッテ時代の佐々木朗希(現・ドジャース)が2022年4月10日のオリックス戦で、史上最年少の20歳5カ月で達成した前出の槙原以来の快挙も、思わずヒヤリとさせられるような話が伝わっている。
この日レフトを守っていた高部瑛斗は、4日前の日本ハム戦で同点の9回無死一、三塁、宇佐見真吾の左翼線上に上がった飛球に対し、捕球動作をせずに見送ったことから、悪夢のサヨナラ劇を演出することになった。そんな忌まわしい記憶がまだ生々しいときに、佐々木がパーフェクト継続中とあって、「(打球が飛んできたら)恐ろしく嫌ですね。日本ハム戦で(サヨナラ負けにつながる大きな)エラーをしたばかりだったので、それで尚更、嫌でした」(2022年6月26日配信『BBM SPORTS』)と極度の緊張状態にあった。
だが、不思議なことに、9回に守備交代するまで9つのポジションの中で唯一ボールを1度も触ることはなかった(外野に打球が飛んだのは、6回に紅林弘太郎の中飛、7回に後藤駿太の右飛の2回だけ)。もし4日前のように左翼線上に際どい打球が飛んだらと想像するだけで、本人でなくとも肝が冷えるような話だが、一番プレッシャーのかかる9回に岡大海をレフトの守備固めに送った井口資仁監督の判断も、“隠れた名采配”と呼ぶにふさわしいものがある。
最後の一球まで紙一重
最後は中日のルーキー・近藤真一が1987年8月9日の巨人戦で達成した史上唯一の1軍デビュー戦ノーヒットノーランのエピソードを紹介する。
9回2死、近藤は最後の打者・篠塚利夫に対し、カウント1-2から内角にカーブを投じたが、明らかにボール気味で、篠塚ものけぞるようにして見送った。だが、捕手・大石友好がダメ元で「よっしゃあ!」と大声を出すと、井上忠行球審は右手を上げ、「ストライク、アウト!」とコール。この瞬間、18歳11ヵ月の左腕の快挙が達成された。
「最後の球はボールだよ。後半はスピードも落ちてきたようだし、切れも鈍っていたんだけど……」と篠塚も残念がったように、ボールでカウント2-2になっていたら、「もし打たれるのなら篠塚さんかなとずっと思っていた」という近藤の予感が的中していた可能性もあった。「最後は審判のお蔭ですよ。あれはボールでしょう。投げた瞬間、抜けましたから(笑)。ただ、もうそういうムードだったんでしょうね。球場のファンの大声援がそうさせたんだと思っています」(週刊ベースボール2000年8月6日号)。
ノーヒットノーランは、一人ではできないということを改めて実感させられる。味方の守備、審判の判定、そしてほんのわずかな運。すべてが噛み合った先にだけ成立する記録だ。だからこそ、その裏側には必ず“ヒヤリ”がある。達成と未遂は、最後の一球まで紙一重なのである。
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