絵の良し悪しは「わがまま」で決まる 横尾忠則を画家の道へと向かわせた“性格”

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 僕が画家になった要因は僕の性格がそうさせたと信じています。この前は僕の矛盾した性格について書きましたが、もうひとつの性格はわがままということです。

 さらに僕の三つ目の性格として、メンドー臭がりです。メンドー臭いことはなるべく人まかせにしてしまいます。時には優柔不断と言われても仕方がないです。このメンドー臭がりとわがままは矛盾したところがありますが、僕のわがままは子供の頃に植えつけられた性格です。

 気に入らない食事が食卓に並んでいると、それを見ただけで茶袱台ごとひっくり返えしたり、時には茶袱台の上に身体ごと体当りして、食器を両手両足で跳ね飛ばしてしまったそうです。僕にもこの記憶はありますが、両親は僕の顔色を見て、僕が茶袱台をひっくり返す前に急いで食器を片付けたそうです。このことは家族の中で相当有名らしく、両親や親戚の人からも度々聞かされていました。だけど両親は僕の傍若無人に対して一度も怒ったことがありません。

 こんな子供の頃の記憶が大人になっても時々蘇がえるのか、東京のデザイン会社に勤めている時も、部屋の大きい仕事机の上に置かれた物を怒りにまかせて全部床に払い落としたことがあります。

 僕の性格を形成した原因のひとつに、養子で幼児の時に横尾家に貰われてきたことが大いに関係していると思います。僕の養父母はすでに老齢で、子供のいなかったところに僕が実の両親から離されて貰われてきたものだから、まるで天から授けられた子供のように徹底して猫可愛がりに育ててくれました。

 名前を呼びつけされたこともなく、僕の記憶の中にも声を荒げて叱られたことが一度もありません。一方で僕はメンドー臭がりなので何かが欲しいという欲求はほとんどなかったように思います。わがままのくせに、欲望がそれほどなかったという矛盾した性格はすでに子供の頃からあったようです。

 物を集めたりする蒐集癖はありましたが、将来あゝなりたい、こうなりたいという願望はほとんどなかったのです。そんなことはどうでもよく、毎日がほどほどに過ごせればいいという、どことなく人まかせというか成るように成るだけでいいというまるで老人のような考え方が、社会人になってからもそれほど変わらなかったように思います。この性格というか考えは、あまり欲望のない老養父母の影響かも知れません。

 ところで僕の人格を形成しているわがままという性格ですが、この性格がなければ僕は多分画家になっていなかったように思います。絵を描くこととわがままがどうつながっているのか、説明に困りますが、絵の画面の中での自由に描くという行為と深く結びついているように思うのです。僕にとって絵は自由そのものの顕現だからです。

 顕現とは神仏が具体的な形をとって現われることですから、僕は絵というものは、神仏が好き勝手に画面の中で暴れまくる行為そのものだと考えています。つまり、画面の中で神仏が自由にわがままに暴れてくれて始めて絵が絵になると考えているのです。そのためには、まず画家である自分が、如何にわがままになれるかどうかです。

 絵の良し悪しは画家が画面の中で如何にわがままであったかどうかで決まるのです。そのためには画家は心の中というか魂そのものをわがままに発現する必要があるのです。従ってわがままは画家にとっては命そのものでなければなりません。

 そのようなことを養父母は知りません。だけど、僕を養子として貰い受けた時、実父母の手前もありますから、何んとか自由に育て、自由に生きられる子供にしなければという義務と責任を無意識に持ったのではないかと思います。そんな結果が、僕を画家に向わせ、画家の本能であるわがままを顕在化できる状況を作り上げる結果になったように僕は思うのです。

 まあ、画家が画面の中で自由にわがままを顕在化するのはいいとしても、僕と結婚した妻は結婚生活の中で無意識にふるまう僕のわがままに対処したわけでしょうが、これはこれで苦労したのではないかと思います。妻は無意識に、そして意識的にも僕の創造行為にわがままが不可欠であるということは悟っていたのでしょう。そのヒントは養母の僕に対する愛情の中にあることを理解したのではないかと、まるで自分のことを人ごとのように語っていますが、間違っていないように思います。

 わがままは「我れのまま」と書くように自然体です。そういう僕は画面の外の自分と画面の中の自分を画面の中で一体化させる、一種の二重人格ということになるのかも知れません。

横尾忠則(よこお・ただのり)
1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。第27回高松宮殿下記念世界文化賞。東京都名誉都民顕彰。日本芸術院会員。文化功労者。

週刊新潮 2026年4月9日号掲載

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