横尾忠則が大切にする「何もしない、何も考えない時間」

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 老齢になると時間の進行が物凄く早くなるとよく言われてますが、僕はその反対で、時間の流れが遅過ぎるのです。アトリエの柱時計が壊れているのではないかと思われるほど一向に進もうとしてくれないのです。

 よく何もしない時は時間の進行が遅く、忙がしい時とか、充実した時はアッという間に辺りが暗くなって一日が終るといいますが、僕の時間と世界の時間の間にはどうも時差があるようにしか思えないのです。

 今日だって、朝はテレビで「日曜美術館」を見て、アトリエに来て昼にコンビニのトンカツ弁当を半分食べて、あとは庭の鳥のエサにして、ソファーで寝ころんだ状態でこのエッセイを書いて、まだ時間はたっぷり余っているので、ではもう一本と思って今、本稿を書いている最中です。僕は物書きじゃないので、立派な文章を書くとか、文体がどうとか、そんな文章のテクニックなどどうでもいい人だから、ほぼしゃべるように書きます。多分一本を小一時間位で書けると思います。

 皆様は如何(どう)なんでしょう、定年退職して、現役から解放されて、退職金をもらい年金生活に入っておられる方は一日の時間をどう消化しておられるのですかね。

 僕は絵を描かない時は本当に手持ちぶさたでアトリエのソファーに横たわったまま、大きい白いキャンバスをただ朦朧と眺めているだけで絵の構想など全く考えていません。することがなくただぼんやりと雑念の去来を頭の中で流しているので、言ってみれば一種の仰臥禅を行(ぎょう)じているようなものです。

 読書癖のある人なら、こんな無為の時間を利用して本でも読むのでしょうが、僕は生来読書アレルギーなところがあって、画集などの絵はいつまでも見ておれるものの、解説などには興味がなく、まして活字本など読む気が全くしません。蔵書は書店を開けるほどありますが、読書のために買ったと言うよりも、本の内容で自分を方向づけるためで、別に読まなくても、そこにその本があるというだけで自分のアイデンテティが確信できるのです。だから本棚から本を手にとってペラペラめくるような作業は3日に1度くらいしていますが、読書をするという決心は無理です。書店の立読みのように本を開く、こんな変な趣味があります。

 あとは読むのは週刊誌です。週刊誌は新潮と文春は送られてくるので、かなりまめに読みます。そんなわけで週刊誌からの知識と教養は誰にも負けませんが、内容が時流のものだからすぐ忘れてしまいます。

 今日は寒いので外出は全くしません。日曜日なので来客はありませんが、通常は取材や仕事の打合せで、次々と代わる代わる人が来てくれるので、特殊なマイクとレシーバのついた難聴のための器具で会話をします。でも制作に入ると来客はシャットアウトです。

 ここまでで40分が経過しましたので、この原稿はやはり小一時間で書けそうです。

 ソファーと冷蔵庫の間を行ったり来たりで、冷蔵庫から飲み物や菓子類を取り、今はコンビニで買ってきた焼芋を噛(か)じりながらこの原稿を書いていますが、右手が腱鞘炎で文字を書くのがちょっとつらいですね。

 それと本稿のようにノンテーマで書く原稿は瞬間瞬間の気分を吐露するだけの作業なので、益々身体も怠惰になってしまいます。でも何もしない、何も考えないという行為は僕にとっては非常に重要な時間です。

 多くの人は何か目的と意味がなければ行動に移しません。僕は極力、目的と意味を頭の中から廃除します。これは禅寺に参禅していた頃の名残です。ある意味で怠け者的修行のくせがついてしまったせいです。

 座禅ほどの無為な行為というか、これが修行なんですが、自分を取りまく社会的環境から完全に解放されて、頭の中の観念と言葉を廃除して、まあいってみればアホになる修行です。

 でも僕はその昔、1年間アホになる修行をして社会とか外界とかの環境に対峙してきたので、少しはアホ的にカシコクなったかなと思っています。カシコイといっても賢者ではありませんよ。愚者的にカシコクなったかなということです。

 本稿を書いている途中でトイレに行ったり、冷蔵庫に並んでいる多種多様の飲料水や何やらを飲んだり食べたりしながら本稿を書き始めてからここまで、ほぼ1時間が経過しました。

 この「週刊新潮」に連載のエッセイを絵の制作の間に書いていますが、このことで随分精神的に救われています。頭を空白にして描く絵の作業の前後、時には中間の時間を利用して、制作中は閉じられていた思考の扉が、このエッセイを書くことによって開かれ、不思議とバランスが取れています。難聴のために外界からの全ての音がシャットアウトされているので、その反動でこのエッセイを書くたびに救われているのです。丁度1時間で脱稿しましたが、今日はエッセイを3本書きました。

横尾忠則(よこお・ただのり)
1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。第27回高松宮殿下記念世界文化賞。東京都名誉都民顕彰。日本芸術院会員。文化功労者。

週刊新潮 2026年4月2日号掲載

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