「アベプラ」名物のコスプレ気象予報士「穂川果音さん」が卒業! セーラームーンから鯉のぼりまで…“ほかのん”ご本人が振り返る「最もヒドかったコスプレ」

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週7生放送という生活をする時期も

 かくして長期にわたって気象予報士としてアベプラに出演していた穂川さん。一貫して「明るいキャラ」「決めポーズの『きゅるん』をする」「MCからいじられる」「ボケが激し過ぎてツッコミ系の芸人ですらツッコむことが難しい」というスタイルは変わらない。

 だが、時代の変化とコンプラ意識の変化により、当初の「セクシーなお姉さん」「コスプレのお姉さん」が、いつしか「ラスボス」と視聴者の間では呼ばれるようになっていく。毎日“番組の最後に登場する”ことに加え、出演歴が最も長くなったからである。

 ここで改めて穂川さんのこれまでのキャリアを振り返ってみると、東京出身で15歳から20歳まで「プチセブン」や「CanCam」といったファッション誌のモデルをしていた。その後、“言葉で伝える人になりたい”と一念発起。モデルを辞め、気象予報士の勉強を開始。2度目の挑戦で見事合格を果たした。

 とはいえ、23~26歳まではやりたい仕事ができず、苦しい時期もあった。それでも諦めることなく自分を磨き続け、ついに27歳の頃、ついに「JCOM」でリポーター、キャスターの仕事を掴む。その後、「ウェザーニュース」のキャスター、そして、アベプラへのレギュラー出演が決まり、怒涛とも言える「週7生放送」という時期もあったという。

要求された仕事をしよう

 かくして10年間も出演を続け、アベプラに欠かせないキャラになった彼女。ウェブメディアの激動期に立ち会ったことに加え、さらにもうひとつ、アベプラの無茶振りが今となっては自身のキャリアに繋がったという。

「アベプラに出たことで、私のキャラクターはガラッと変わりました。最初にお話が来たのは私が20代最後の年で、番組は30歳になった直後に始まったのですが、その頃の私は“ニーズに応える”ことが大事なんだ、と考えていました。セクシー衣装や、予報を外したらコスプレという無茶振りにしても“なんだそりゃ?”と思ったものの、これが当時の私のニーズだと思いました。そもそも、“コスプレができる気象予報士がいる”という触れ込みで番組に紹介されたので、それも私のニーズだと解釈したのです。

 重要だったのが、視聴者から届く1分あたりのコメント数。私は番組出演者の中でそれが最も多く、『皆さん楽しんでくれてるんだな』と感じられました。視聴者からのニーズがあるならばコスプレも含めて要求された仕事をしよう、と決意を固めました」

 そんな穂川さんを推し続けた視聴者の皆さんに、ひとつ衝撃的な事実を伝えなければならない。穂川さんといえば「Iカップ気象予報士」との表現が定着していたが、実際は、「Iカップだったのは一時期だけで、本当はHカップ」(穂川さん)なのだという。いや、デイリー新潮以外のネットニュースで取り上げられるかは不明だが……。

第2回【「穂川果音さん」が抱いた「美人すぎる気象予報士」という形容詞への違和感…気象予報士のイメージを刷新した「理想の人物」とは】では、ほかのんの愛称で親しまれた気象予報士の穂川果音さんに、ネット記事のタイトルで濫用される「美人すぎる」という形容詞についての違和感などについて伺いました。

ネットニュース編集者・中川淳一郎

デイリー新潮編集部

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