自滅寸前から「1打差で優勝賞金7億円」へ 3月の米男子ゴルフ、選手を導いた「キャディの深すぎる言葉」とは

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気持ちを切り替えて1打差勝利

 相棒キャディのつぶやきを耳にして、ハッとさせられたヤングは、焦り気味だった自分の心を見つめ直し、自身のプレー姿勢を改めて後半に臨んだ。

「足元を見つめ、自分の現在地にフォーカスしようと思った。気負いも気後れもせず、目の前の一打一打に集中し、今の自分に正直にプレーしようと思った」

 気持ちを切り替えたことが、10番、13番のバーディーにつながった。そして、浮き島グリーンで知られるシグネチャーホールの17番(パー3)では、ピン3メートルに付けて、さらなるバーディー獲得。

 最終ホールの18番は、ホール全体が右から左へカーブしているドッグレッグ。右には林、左には池が広がっており、フェアウエイを捉えることがきわめて難しい。だが、ヤングは、そんなことをモノともしない様子で375ヤードのビッグドライブを放ち、大観衆を沸かせた。

 一方、フィッツパトリックのティショットは右の林方向へ飛び出し、第2打は木々の下から転がし出して、なんとかグリーン手前まで運んだが、パーセーブはできず。しっかりパーで収めたヤングが1打差で勝利して、超・超・破格の450万ドル(約7億2000万円)を獲得した。

 通算2勝目となったヤングのこの優勝も、相棒キャディの一言が無かったら、達成されていなかったかもしれないと思う。

名コンビ「ウッズとラカバ」の場合

 そんなふうに、今季のPGAツアーでは、相棒キャディによる気の利いた助言がボスである選手をビッグな勝利に導いた出来事が2週連続で起こり、キャディの重要性をあらためて痛感させられた。

 強い信頼関係が築かれているからこそ、キャディは選手に大詰めの場面でアドバイスを送ることができ、選手もそれを素直に聞き入れたということなのだろう。

 選手とキャディの信頼関係と言えば、タイガー・ウッズの長年の相棒だったジョー・ラカバが明かした、こんな逸話が思い出される。

 ウッズのバッグを担ぐことが決まり、初めてウッズからディナーに誘われたラカバは「5時半にレストランで会おうと言われて、ピッタリ5時半に行った」そうだ。

「タイガーは、すでに着席して先にステーキを注文し、先に出されていたサラダを1人で食べていた。私も慌てて座り、同じものを注文し、サラダが運ばれてきたときには、タイガーはステーキを食べ終わり、『じゃあ』と言って帰ってしまった」

ウッズが戦線離脱しても尽くしたラカバ

 その間、ウッズはただの一度も目を合わせてくれなかったそうで、ラカバは「あの日のことは決して忘れない。あのとき私は、タイガーが5時半と言ったら私は最低でも5時15分に行くべきだと肝に銘じた」。

 そういう出来事や経験を経て、選手とキャディはお互いを理解し、信頼し合うようになるということなのだろう。

 その後、ラカバは、ウッズが度重なる腰の手術により長期で戦線離脱したときも、薬の影響下で車を運転して逮捕されたときも、交通事故を起こして重傷を負って再び長期で戦線離脱したときも、ずっとウッズに尽くし続けてきた。

 そんなラカバだったからこそ、フル出場が叶わなくなったウッズは、プロキャディとしてのラカバの将来を案じ、ラカバを別の選手の相棒キャディにすべく、パトリック・カントレーの元へ送り出した。

 以後、ウッズとラカバの名コンビは見られなくなってしまった。だが、バティアやヤングが相棒キャディの助言によってビッグタイトルを得たことは、新たな名コンビの誕生と言えそうである。

舩越園子(ふなこし・そのこ)
ゴルフジャーナリスト/武蔵丘短期大学客員教授。東京都出身。早稲田大学政治経済学部経済学科卒。1993年に渡米し、在米ゴルフジャーナリストとして25年間、現地で取材を続けてきた。2019年から拠点を日本へ移し、執筆活動のほか、講演やTV・ラジオにも活躍の場を広げている。『王者たちの素顔』(実業之日本社)、『ゴルフの森』(楓書店)、『才能は有限努力は無限 松山英樹の朴訥力』(東邦出版)など著書訳書多数。1995年以来のタイガー・ウッズ取材の集大成となる最新刊『TIGER WORDS タイガー・ウッズ 復活の言霊』(徳間書店)が好評発売中。

デイリー新潮編集部

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