センバツ史に残る「サイクル安打秘話」 唯一の達成者と惜しくも逃した打者たち

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サイクル安打達成はますます至難の業に

 北野とは逆に、サイクルを飛び越してしまったのが、2000年の明徳義塾・清水信任だ。1回戦の相手は、最速145キロの大会ナンバーワン右腕・亀井義行(善行。現・巨人コーチ)を擁する創部3年目の上宮太子だった。

 対戦が決まると、明徳ナインはマシンを142、3キロに設定。打撃投手にも5メートル前から投げさせ、亀井の速球をコンパクトに振り抜くイメージを体に沁み込ませた。その効果はてきめんだった。「清水が打たないと、ウチのチームは勝てない」と馬渕史郎監督が信頼する3番打者のバットが、初回から火を噴く。

 1死一塁で先制の右越え三塁打を放った清水は、3対1の5回にも4点目の足掛かりとなる右越え二塁打をマーク。1点差に追い上げられた7回には右越え2ランを放ち、あとシングルヒットが出ればサイクル達成、というところまでこぎ着けた。

 そして、6対3の9回1死無走者で迎えた5打席目。清水はカウント2-2から亀井の5球目をフルスイングし、糸を引くようなライナーの打球を右中間一直線に飛ばした。

 記録を知っていたアルプススタンドから「(一塁で)止まれ!」の声も飛ぶなか、清水は迷うことなく50メートル6秒19の快速を飛ばして二塁へ。スタンドからは「よくやった」の歓声と、「(サイクルを放棄して)もったいない」のため息が交錯した。

 だが、清水は「本塁打を打ったあと、チームメイトから『ヒットを打てばサイクルだな』と言われて気づいた。でも、記録よりもチームの勝利が優先です。二塁打もうれしかったですよ」と、記録へのこだわりは見せなかった。

 結果的にこの二塁打がダメ押しの3点につながり、明徳は初戦を9対3と快勝した。

 15点リードにもかかわらず、監督に送りバントを命じられてサイクルを逃したのが、1998年の岡山理大付の3番打者・西川清二だ。

 初戦(2回戦)の京都成章戦、2回に先制の左翼線二塁打を放った西川は、1回、7回にシングルヒット、3回には満塁の走者一掃となる中越え三塁打も記録。あと本塁打が出ていれば、前出の北野以来19年ぶり史上2人目のサイクル達成だった。

 だが、17対2と大きくリードした9回無死一、二塁で6打席目が回ってくると、早川宜広監督は大量得点で野球が雑にならないよう、「次の試合のことを考えて」送りバントを命じた。

 結果的にこの犠打が生き、暴投に乗じて18点目が入った。先発全員安打、全員得点を記録しての勝利後、早川監督は「今日の西川は調子がいいなと思ってはいたが……。記録のことを知っていたら、打たせましたね」とバツが悪そうだった。

 7イニング制移行への流れが急加速している昨今、もし7イニング制になれば打席数も少なくなる。それだけに、サイクル安打達成はますます至難の業になりそうだ。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘!激突!東都大学野球』(ビジネス社)。

デイリー新潮編集部

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