「全国大会出場ゼロ」でもスカウトから「モノが違う」の声が… 井端監督も評価する「期待の新星」とは
「速いだけの投手ではない」
実はこの試合の3日後、NTT東日本のグラウンドで行われたJFE東日本とのオープン戦で井端と顔を合わせる機会があり、その時に中村の話もしている。筆者の話を聞いた井端も中村に興味を持ったようで、「愛工大(愛知工業大の略称)の中村、覚えておきます」と話していた。そして、実際に井端が中村の投球を目の当たりにしたのが、23年12月の大学日本代表候補合宿だ。紅白戦に登板した中村は、合宿に招集された投手の中で最速となる157キロをマークし、全国レベルの強打者たちを圧倒。2回を投げて無失点の好投を見せたのだ。この時の投球が、今回のトップチーム招集へと繋がることとなった。
井端「西尾さん(筆者)からも他の人からも中村のことは聞いていて、映像ではチェックしていましたけど、実際見てもやっぱり良かったですね。球場のスピードガンでは、ストレートは全部150キロを超えていましたし、打者から見た体感も速いと思います。スピードに関しては一番ですね。そんなに身長があるわけではないですけど、体つきもしっかりしていて、力任せに投げているわけではなくても、速いボールが投げられていました。だからコントロールも安定していて、速いだけの投手ではないと思います。金丸もそうですけど、ピッチャーは調整もあるので3月上旬に招集するのは難しい点もありますが、本人の意向を聞いてもぜひ出たいと言ってくれました。短いイニングの起用で、12月の時くらいのスピードを出してくれたら盛り上がると思いますね」
23年12月の大学日本代表候補合宿で、何人かの野手に印象に残った投手について聞いた時も、多くの選手の口から中村の名前が挙がっていた。大学日本代表候補に選ばれるのもこれが初めてだったが、残したインパクトという意味では宗山、金丸、西川を上回っていたことは間違いない。余談ではあるが、侍ジャパンという呼称になる前の07年7月に行われた、北京五輪予選の日本代表トップチームには、当時愛知工業大4年だった長谷部康平(元・楽天)が選出されて大きな話題となった。またそれ以前には、1985年の明治神宮大会で、当時3年生だった西崎幸広(元・日本ハム、西武)がエースとして活躍し、愛知工業大を準優勝に導いている。決して全国的な強豪チームというわけではないが、このように、時折高いポテンシャルを持った投手が地方の大学から出てくるのも面白いところであり、日本のアマチュア野球界の裾野が広いことの証明でもあると言えるだろう。
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強豪校出身で選抜スタメン経験もある西川と、甲子園はおろか全国大会に出場したこともない中村。対照的な高校生活を歩んできた二人は、次世代を担う新星として鎬を削る姿を見せてくれるか。
※本記事は、井端弘和・西尾典文著『日本野球の現在地、そして未来』(東京ニュース通信社)の一部を再編集して作成したものです。
【前編】では、井端監督が見る金丸と宗山について詳述している。
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