高校時代は無名、それでもWBCへ 侍ジャパン“遅咲き組”が歩んだ逆転の道

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白鴎大への進学後に才能が開花

 投手でもう一人挙げられるのが曽谷龍平(オリックス)だ。明桜高では2年夏に控え投手として甲子園に出場したが、チームは初戦で二松学舎大付に大敗。曽谷も3番手で登板し、2回3失点。当時の最速は127キロと平凡な数字だった。3年時には140キロ近くまで伸ばしたものの、チームの中心は山口航輝(ロッテ)であり、スカウト陣の注目を浴びる存在ではなかった。

 白鴎大への進学後に才能が開花する。3年春に最多奪三振のタイトルを獲得し、秋にはベストナイン、最多勝、最優秀防御率、最多奪三振の投手四冠を達成。横浜市長杯では最速150キロをマークした。全国大会出場こそなかったが、4年時には大学日本代表にも選出。2022年ドラフト1位で入団し、プロでも2年目から先発の一角を担っている。隅田と同様に地方リーグという注目度が低い環境でも、しっかり力をつけていけばプロで活躍できる例と言えるだろう。

「なかなか面白い素材だな」

 野手では源田壮亮(西武)や周東佑京(ソフトバンク)も高校時代は地元で名が知られる程度だったが、それ以上に無名だったのが佐藤輝明(阪神)だ。小学生の時に阪神ジュニアに選出されたものの、中学では目立った実績はなく、仁川学院でも全国的な注目は集めなかった。3年夏も初戦で明石清水を相手に1対11で5回コールド負けを喫している。

 それでも一部関係者はその潜在能力に気づいていたという。NPBの担当スカウトは、高校時代の佐藤について、こんな話を教えてくれた。

「仁川学院に『体が大きくて打てる選手がいる』という話は耳にしていましたが、当時は実際にプレーを見る機会はありませんでした。3年夏に初戦で敗れた試合のハイライトを映像で確認して、『なかなか面白い素材だな』と感じた程度です。すでに夏前には近畿大への進学が決まっていたと聞いていましたし、他球団のスカウトからも名前は挙がっていませんでした。ただ、後になって本人が『高校の時点でプロから声がかかれば、育成でも挑戦したかった』と話していたと知り、それを聞いたときは正直、惜しいことをしたと思いました。もう少し早い段階で注目される機会があれば、進路は違っていた可能性もあったでしょうね」

 近畿大では1年春から中軸に定着し、通算14本塁打のリーグ新記録を樹立。2020年ドラフトでは4球団が競合する目玉となった。高校時代の評価だけでは測れない成長曲線を描いた好例である。

 怪我で辞退となった石井も、5年制の秋田高専を卒業後に独立リーグで力をつけ、プロ入りを果たした選手だ。改めて見れば、選手が大きく伸びる時期はそれぞれ異なり、巡り合う環境もまた重要であることが分かる。

 だからこそ、今大会での活躍には特別な重みがある。それは、かつては見過ごされかけた才能が、世界最高峰の舞台で評価を覆す瞬間でもあるからだ。

 高校時代は無名でも、その後に花開き、国を代表する存在へと成長する――。その物語が世界の舞台で結実する瞬間を、我々は目撃しようとしている。それこそが、日本野球の底力なのである。

西尾典文(にしお・のりふみ)
野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

デイリー新潮編集部

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