King Gnuで議論沸騰! 「好きなアーティストのライブを見に行ったら隣の客の歌ばかり聴かされた」問題をどう考えるべきか

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 せっかくKing Gnuのライブに行ったのに、聴こえてくるのは隣の客の歌声ばかりだった――そんな嘆きが投稿され、論争を呼んでいる。長年、音楽ライターとして数多くのライブを取材してきた神舘和典氏はこれをどう見たか。万人が納得できる結論はあるのだろうか?(以下、文中敬称略)

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ガンガン歌って、とは言うけれど

 コンサート会場で客が歌うのはマナー違反か? 歌うのもファンの楽しみ方の1つとして許されるべきか? 両派の意見がネットで白熱している。発端はKing Gnuの「CEN+RAL Tour 2026」ツアー。ネットにファンからこんな訴えがあった。

「隣の人の歌声が大きすぎて、アーティストの歌唱が聴こえなかった」

 King Gnuは大人気のバンド。ライブのチケットは発売即完売の状態。チケット代はアリーナ席(スタンディング)が1万6000円。スタンドの指定席は1万4000円。スタンド後方の立ち見席が1万3000円。

 安くはないチケット代だ。

 投稿者はおそらく苦労して手に入れたチケットで観に出かけたら、隣の客の歌ばかり聴くはめになったのだろう。切ない状況だ。

 この投稿に対してバンドのメンバー、井口理が2月22日の仙台公演で、歌う側に寛大な反応をした。

 隣の人の声がうるさくて聴こえないといった声も聞こえるけれど、僕としてはガンガン歌ってもらっていいと思っている、隣がうるさいと思ったら、それ以上の大声で歌ってほしい――そんな主旨のことをライブで発言したという。

 これでファンをはじめネットでの意見はさらに真っ二つになった。

 隣人の声が迷惑だ、という人の意見をまとめると概ね次のようなことになる。

「高いチケ代払って嫌な思いをするのはバカらしい。聴きたいのはアーティストの声、演奏でファンの声ではない」

 一方で、いいじゃないか、という人の声は次のようになる。

「King Gnuが“みんなに歌ってほしい”と考えて曲を作っているのだから、ライブで歌うことに問題はない。そういう盛り上がり方が嫌ならばライブではない場で音楽を楽しめばいいじゃないか」

 歌ってほしくないファンと容認派のファン、両方いるのは当然のこと。正解はない。

 では、双方がある程度納得できる解決策はあるのか――。

合唱を想定した曲作り

 日本人アーティストでも、海外アーティストでも、一定の人気がある場合、ファンの間で代表曲と認識されている曲があるのが普通だろう。コンサートで必ずといっていいほど歌われ演奏される楽曲、それを聴かないとファンが納得して帰ってくれないような楽曲だ。

 多くの場合、本編終盤のクライマックスやアンコールに用意され、暗黙のお約束ともいうべきか、アーティストも客席もみんなで歌う。この状況にクレームをつけるファンはたぶんいない。

 たとえばイギリスのロックバンド、コールドプレイの「美しき生命」。日本でも多くの番組やCMで使用されているので、聴けば誰もがわかるナンバーだが、サビの部分で客席はほとんど全員が歌う。「オオオーオー」という調子の歌詞がない部分は万国共通の合唱パートだろう。

 これに限らずコールドプレイは、英語がわからない観客でも合唱しやすいパートを入れた曲が多い。おそらくライブが盛り上がるよう、意図的にそういう曲を多く作っているのではないか。

 ポール・マッカトニーがビートルズ時代に作った代表曲の1つ、「ヘイ・ジュード」もそうだ。必ず大合唱になる。こちらも「ナ・ナ・ナ」以降の部分は誰でも歌えるようになっている。「ナ」と「ヘイ・ジュード」だけでいいのだ。

 こういう「合唱パート」だけ一緒に大いに声を張り上げて歌っていれば、文句を言う人はほとんどいないはず。むしろ大合唱が巻き起こらないと、アーティストもガッカリだろう。

 しかし、今回苦情を言っている人はライブを通して隣人の歌声を聴くことになったようだ。

 King Gnuに関しては、アーティスト側が歌うファンにお墨付きを与えたので、今後は隣で歌われるリスクを受け入れてチケットを買うしかないのかもしれない。しかしほかのアーティストの場合は、現状、運に身をゆだねるしかないだろう。

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