「夜の会合を3連チャン」「失言した閣僚を2時間で更迭」 安倍政権が内部崩壊しなかった理由と、高市首相に足りないモノ
「人の意見を聞かず我流で振る舞ってしまうタイプ」
選挙にめっぽう強く、戦後では4番目に長い在職日数1980日を数えた小泉純一郎政権には、番頭役の福田康夫官房長官に加えて、“汚れ役”と呼ばれた総理秘書官・飯島勲氏がいた。
「警察から検察、メディアなどに独自のネットワークを張った飯島さんも、危機管理に長けていました。象徴的なのは郵政選挙の際、自民党はホリエモンこと堀江貴文氏を亀井静香さんの刺客として送り込みましたが、あえて自民党非公認、無所属にした。選挙後、堀江さんは証取法違反の容疑で捕まるわけですが、飯島さんは事前に危険を察知して非公認を進言したとされています」(青山氏)
安倍政権の“後継”を自任する高市氏とて、危機管理を無視しているわけではない。かつて秘書官を務めた今井氏を「内閣官房参与」として官邸に迎え入れているのだ。
官邸関係者に聞くと、
「昨年12月、総理補佐官の尾上定正氏の『核保有発言』が問題になった際、今井さんは高市さんに更迭を進言しましたが、聞き入れられませんでした。高市さんが解散会見に臨む際も、今井さんは手短で分かりやすいスピーチ原稿を用意したのです。結局、それも高市さんは本番で長々しい内容に変えた。高市さんは自分の思い入れが強い分、どうしてもあまり他人の意見を聞かず我流で振る舞ってしまうタイプです。たまたま『核発言』は国会が閉じていたタイミングだったので大事には至りませんでしたが、今後同様の判断があだとなる可能性はあります」
「人気の高い間は多少の過ちは打ち消されますが……」
戦後では5番目の長期政権として、約5年間続いた中曽根康弘内閣でブレーンを務めた元自民党税調会長・野田毅氏は、こう語る。
「いろいろな人の声に触れて、自分に批判的な意見でも排除しない姿勢が、トップには求められると思います。中曽根さんは常々メモを手に相手の話を聞く方で、第1次改造内閣の時に官房長官を務めた藤波孝生さんと僕で『戦後政治の総決算』というスローガンを進言したら、“こりゃいいね”と採用してくれた」
1985年の終戦の日、中曽根氏は靖国神社へ公式参拝を行って騒動となるが、
「官房長官を務めたこともある側近の後藤田正晴さんが、中曽根さんに“翌年以降は中止すべきだ”と強く進言したのを受け入れました。いい話ばかりではなく、耳が痛い話も聞く方でした。政権が長く続くと途中でさまざまな問題が出てきます。人気の高い間は多少の過ちは打ち消されますが、支持率が落ちてくると徐々に響いてきて修復不能になることもある。かつての後藤田さんのように、総理の尻ぬぐいをできる人がいれば心強いですが、高市政権はどうでしょうか」(同)
首相在職日数が100日を超えて間もない高市首相。まずは今国会でその真価が試されることになろう。
前編では、誰も高市首相にモノ申せないという官邸内の空気や、安倍元首相のブレーンが指摘する高市首相との共通点などについて報じている。







