清水ミチコが語る「ものまね」芸の原点 山口百恵でファンを作った中学時代、高校では夜な夜な桃井かおりを“特訓”

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「ものまねの女王」と呼ばれ、毎年恒例の日本武道館ライブで多くの観客を魅了し、孤高の世界観を築き上げている清水ミチコ(66)。そのものまねは、毒がありながらも、ものまねされる本人にも愛される。芸の原点は、少女時代からの“特訓”にあったようだ。

(全2回の第1回)

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コードに合わせてジャズを奏で……

 岐阜県高山市の生まれで、実家はもともと洋菓子店を経営していた。

「ところが小学4年生のとき、当時のブームに便乗して、実家がジャズ喫茶になったんです。私はテレビから流れてくる歌謡曲が好きだったんですが、店からジャズが聞こえてくると、いったいどうやって弾くのか不思議に思ったんです。コードなんか知らなかったですからね。コードに合わせて旋律を奏でられるんだって知ったのは高校生になってからだったので」

 ピアノは好きだった。ただ小学1年生から学び始めたピアノの稽古はすぐにやめた。

「教則本から習うのがまどろっこしかった。覚えた曲をサクサクと弾きたかったのに、これが『ド』で、とか指使いまで指定されると、それがすごく窮屈な感じがしてつまらなかったんですよ(苦笑)」

 それでもピアノは自在に弾け、クラスメイトの前で当時の流行歌やCMソングなどを耳コピし披露すると驚かれた。

「CMソングはどんなものか忘れちゃったけど、『鉄腕アトム』とか『W3(ワンダースリー)』などのアニメの主題歌を弾いてました。聴くと弾けちゃうんですよ。そういう人って10人に1人ぐらいいるみたいですけど。みんな喜んでくれるし、自分も楽しいから、笑いながら弾いてましたよ」

 すでに今の芸風の原点が萌芽していた。

自室に籠って繰り返していたこと

 とはいえ、中学生になってもまだ、芸能界に憧れていたわけではなかった。

「当時、『スター誕生!』が流行っていたんですが、1つ上の男子の先輩が応募したんです。そのことでその先輩は笑いものになっていたんで、『こんな田舎でそんな夢を持つと、一生言われちゃうんだな。ダメなんだな』って思ってました(笑)。それに自分がテレビに出て歌ってる姿なんて想像できなかったから」

 それでも、中学では同級生らといっしょにアイドルのものまねを披露しあった。清水は山口百恵などをまねしたという。

「卒業時に、『第2ボタンください』みたいな感じで、下級生の女の子から『最後にもう一度あのものまねやってください』と言われたことがありました」

 すでに周囲からの評価が高かったことが窺い知れるエピソードだが、自室ではこんな“トレーニング”をしていた。

「テレビドラマを見て感動すると、自分の部屋で登場人物になり切ることを繰り返していたんです。でもそれはみんな普通にやっていることだと思っていて(苦笑)。だから人前で表現するものではないと思っていたんです」

 高校時代には、桃井かおりの気分になり切って一人語りをするという、今ならば金を取れる芸を自室で夜な夜な繰り広げていた。まねをしているうちに、声のトーンなどもどんどん近づいていったという。

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