イチローも最初は観客に笑われていた!「サブロー」「後藤武敏.G(ゴメス)」…プロ野球ユニーク登録名 「ゲンちゃん」はセ・リーグ理事会が反対

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「読みにくい」と言われ

「異色中の異色」とも言うべき登録名を用いたのが、DeNA時代の後藤武敏だ。

 2015年、開幕戦(3月27日の巨人戦)に合わせて、「G.」と書いて「ゴメス」と読ませる「後藤武敏.G」の新登録名を発表した。

 ゴメスの愛称が誕生したのは、西武からDeNAに移籍した直後の12年2月の春季キャンプ中だった。

 会食の待ち合わせに遅れてきた松本啓二朗が後藤に「ごめんっス」と軽い感じのお詫びの言葉を口にしたことがきっかけだった。

 聞き間違えた石川雄洋が「先輩の後藤さんにゴメスはないだろ」とツッコむと、当の後藤が「いや、ゴメスっていいな」と大受けし、たちまち選手の間でこの呼称が広まった。

 以来、後藤はお立ち台で「後藤選手です」と紹介されると、「ゴメスです」と訂正するなど、すっかり気に入ってしまい、全国のファンの間でも定着したのを機に球団の許可を貰って改名したという次第。

 翌16年は「後藤G(ゴメス)武敏」、17年は「G(ゴメス).後藤武敏」、18年は「G(ゴメス)後藤武敏」とめまぐるしく改名を繰り返したが、改名のご利益と呼べるほどの活躍はできなかった。

 中日時代に出場機会が恵まれなかった土谷鉄平は、楽天移籍を機に「鉄平」に改名したところ、2009年に首位打者獲得するなど、“安打製造機”として開花した。

 投手として大成できなかったヤクルト・高井雄平も、打者転向後に「雄平」の登録名で長く活躍し、14年にベストナインに選ばれた。

 06年に高校生ドラフト3巡目で楽天入りした宇部銀次は、母の再婚に伴い、赤見内(あかみない)姓に変わったが、入団時に野村克也監督から「読みにくい」と言われ、登録名を「銀次」にしたところ、ベストナイン2回、ゴールデングラブ賞1回を受賞する名選手になった。

 このほか、中日・英智(蔵本英智)、ヤクルト・由規(佐藤由規)、阪神、DeNA・大和(前田大和)、巨人・大勢(翁田大勢)ら、歴代の登録名選手でチームが組めるほど球界に浸透している。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新著作は『死闘!激突!東都大学野球』(ビジネス社)。

デイリー新潮編集部

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