大阪工業大から異例の出世 経済同友会トップに就任した「山口明夫氏」は何者なのか 本人が明かす

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 日本IBMの山口明夫社長(61)は、いわゆるエリート人生を歩んできたわけではない。にもかかわらず、ついにこの元日、経団連や日本商工会議所と並ぶ経済三団体の一角、経済同友会のトップに就任。異例の出世を遂げた半生とは一体、どのようなものだったのか。

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「私の卒業大学を見れば分かるでしょう?」

「いやいや、参ったな……。私は経済同友会の代表幹事なんて、務めるタマではありませんから」

 と謙遜するのは、山口氏その人だ。違法薬物疑惑で同代表幹事を辞任したサントリーホールディングスの新浪剛史前会長(66)に代わり、副代表幹事から昇格を果たしたわけだが、

「選考委員が最初に打診をしてくださった時は“あり得ません”と、一度お断りしました。理由は例えば、私の卒業大学を見れば分かるでしょう?」(同)

 山口氏は、大阪工業大学工学部経営工学科卒。私学の同大は、技術者育成に定評があるとはいえ、大企業経営者の出身校としては珍しい。無論、山口氏の他に経済同友会の代表幹事に就いた卒業生はいない。

 歴代の同代表幹事経験者は、断トツで東京大学出身者が多い。山口氏が就任するまで、地方の私大出身者自体が皆無だった。

「そもそも、私は日本IBMに新卒で就職できたことを、今でも不思議に思っています。当時は大量採用を実施しており、大阪工大にも3人の推薦枠が設けられたそうですが、人気の高い企業でした。なぜ、教授が私を推薦してくださったのかは、分からぬままですね。プログラミングを勉強してはいたものの、成績は芳しくなかったからです」(同)

家賃1.1万円の風呂なしアパート

 山口氏は、和歌山県紀の川市でみかんや米を作る農家に生まれた。学生時代は連日、深夜までバイトに明け暮れたという。

「仕送りなんてもらってはいけないと思い、家賃1万1000円の風呂なしアパートに住み、生活費を自分で稼いでいたんです。卒業後は地元で就職しようと考えていましたが、まさかの有名企業に内定が決まった。友人たちは“お前についていけるわけがない”と心配していましたよ」(山口氏)

 振り出しは、コールセンターでの障害対応業務だったが、やがて金融機関を担当するシステムエンジニアとして頭角を現していく。怒濤の出世は2000年から始まったそうで、

「社長室の経営企画スタッフに引き上げられました。以前、ある銀行を一緒に担当していた元営業部長が“山口は良いエンジニアだ”と、私のことを高く評価してくれたんです」(同)

「悪いうわさを聞いたことがない」

 以降、アメリカ本社での勤務も経験し、経営の中枢へと駆け上がっていった山口氏。日本IBM関係者の評価は以下の通りだ。

「社長にまでなれた理由は、管理職として優秀なだけでなく、現場を知り尽くした一流のエンジニアでもあるからです。先々代の社長であるプロ経営者のポール与那嶺氏(68)は、技術が苦手で実績をつくれなかったといいます。結果、アメリカ本社が方針を転換し、現場派の筆頭格だった山口氏に白羽の矢を立てたのです」

 経済同友会の代表幹事就任についても、グローバルな知見とAIなどの先端技術に詳しい両面が期待されており、最終的には本人が納得したという。

 また、日本IBMの元社員が言うには、

「山口さんは人柄が良いんです。親睦会に誘うと、自身が行けない時でもお代を一部、私費で負担してくれる。深夜まで仕事をしている若手に、社内のチャットを通して気遣いの言葉をかけることもしばしばです。悪いうわさを聞いたことがありません」

 経済界の顔役として手腕が問われるのはこれからだが、超ワンマンで毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい新浪氏とは、正反対な人物のようである。

週刊新潮 2026年1月15日号掲載

ワイド特集「笑って許して」より

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