ベネズエラ“電撃作戦”に世界が震撼…米陸軍「デルタフォース」が世界最強の特殊部隊と呼ばれる理由「戦闘だけでなく諜報のプロでもある」
レンジャー部隊との違い
他には同胞の救出という任務もあった。捕虜になった入植者を救うため、抵抗勢力を攻撃して奪還するわけだ。偵察も奪還作戦も、「敵地の奥深くに潜入し、無事に帰ってくる」という根本は共通している。デルタがベネズエラで行った作戦も同じだと言える。
ヨーロッパの特殊部隊を描いた小説として有名なのは、ジャック・ヒギンズの『鷲は舞い降りた』(ハヤカワ文庫)だろう。第二次世界大戦中、ドイツの特殊部隊がイギリス国内に潜入し、ウィンストン・チャーチル首相の拉致を企むという筋書きだ。
「アメリカはヨーロッパ諸国ほど植民地の獲得競争に参加しなかったこともあり、特殊部隊を必要としていませんでした。例えば映画『プライベート・ライアン』の主人公はレンジャー部隊の隊員です。レンジャーの隊員を簡単に定義すると『最強の兵士』だと言えるでしょう。あくまでも彼らは戦闘が任務です。ところがデルタのような特殊部隊の隊員は、単身で敵地の奥深くに侵入して偵察を行います。つまり特殊部隊の仕事には諜報の側面があるわけです。彼らは半分が軍人ですが、残りの半分はスパイでもあるのです。アメリカは第二次世界大戦までは大規模な戦争の経験しかなく、優秀な軍人を養成すれば、それでよかったのです」(同・軍事ジャーナリスト)
イランでの致命的な失敗
そんなアメリカでデルタフォースが誕生したのは1977年。ヨーロッパ各国に比べると遅いスタートだったと言える。イギリスの特殊空挺部隊であるSAS(Special Air Service)をモデルに創設された。
「なぜアメリカ軍が特殊部隊を創設したかと言えば、対テロ作戦の必要性が浮上したからです。アメリカも70年代に入ると“小さな戦争”に対応する必要が生じたとも言えます。そしてデルタにとって最初の大きな作戦は、1979年にイランで発生したアメリカ大使館人質事件の解決でした。イラン革命で大使館を暴徒が占拠し、大使館員など52人が人質になったのです。デルタはヘリコプターでイランに潜入する作戦を実施しますが、何と砂嵐に巻き込まれたヘリは故障が相次ぎ作戦は中止。撤退中に1機のヘリが墜落して8人が死亡するという最悪の結末を迎えました」(同・軍事ジャーナリスト)
大黒星から始まったデルタの歴史だったが、90年代の湾岸戦争、2000年代のアフガニスタン紛争、イラク戦争などでは大きな成果を挙げた。さらにテロ組織「イラク・レバントのイスラム国(ISIL)」の幹部を多数、殺害する作戦も確実に成功させてきた。
アメリカが“世界の警察官”になったことでデルタは実戦の経験を積み重ね、世界一の特殊部隊に成長していったということになる。
数万人が投入
「とはいえ、いくらデルタが世界最強の特殊部隊だとしても、それだけで『断固たる決意』作戦が成功するはずもありません。まず作戦の実施前にスパイ衛星が大統領の邸宅を丸裸にしています。作戦が開始されると、アメリカ海軍の最新鋭空母『ジェラルド・R・フォード』を中心とする艦隊に、150機以上の航空機が参加し、ベネズエラの防空網をサイバー攻撃と物理的な空爆で無力化。その結果、戦闘機や対空兵器に弱いヘリコプターが大統領官邸に到着することができたのです。特殊部隊を投入する“斬首作戦”の難易度が高いのは言うまでもありませんが、アメリカの陸、海、空の全軍が数万人単位で投入されたからこそデルタは大統領夫妻の“拉致”に成功したと言えます」
これだけの作戦を成功させたデルタなら、北朝鮮の金正恩氏、中国の習近平氏、ロシアのウラジーミル・プーチン氏の拉致、暗殺も可能ではないか?
第2回【米陸軍「デルタフォース」はどんな「独裁者」でも拘束できるのか 専門家が“中国やロシアでベネズエラの再現は難しい”と語る理由】では、金正恩氏をターゲットにした“斬首作戦”の実態についてお伝えする──。
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