「去年ほど死亡記事が少なかった年は珍しい」 今年90歳を迎える横尾忠則が2025年を振り返って想うこと

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「光陰矢の如し」なんてありふれた言葉しか浮かばないが、去年もアッという間の一年だった。過ぎていく一日の時間は間のびして退屈するほど長いのに、一年となるとどうしてこんなに早く過ぎていくのでしょうか。時間が過ぎていくと同時に、もうひとつ大きく変化するのは体力です。先週の体力と今週の体力は明きらかに違う。

 去年の前半から4月の世田谷美術館の個展と銀座GUCCIでの個展までの数ヶ月は毎日決まったように絵を描いていたので、時間の経過する感覚がよくつかめないまま、とにかく絵以外のことは眼中に入ってこないという感覚だったように思います。

 ところが、そんなさ中にコロナに感染してしまったのです。僕はたった一日の入院で済んだけれど、僕がうつしたらしい妻の方は10日以上も入院し、一時は肺炎併発の危機があったと聞いてびっくりしてしまいました。歳が歳だけに肺炎は命にかかわるので、ひとりパニックになっていたのです。

 それでも展覧会のオープニングに僕は杖をついて、妻は車椅子で出席したのですが、実はいつ倒れてもおかしくないほどフラフラの状態でした。コロナと時期を同じくして、突然に首が痛くなり、ありとあらゆる治療を講じたが悪化する一方で、このまま不治の病いになってしまうのではないかと、少々絶望的な気分になっていたのですが……。

 真夏が過ぎて、秋の気配が漂い始めた頃に急に痛みが緩和されていることに気づきました。実は夏場はアトリエを冷房でガンガン冷やしていたのですが、夏が過ぎ、秋の気配に入った頃に冷房を暖房に切り換えたことで、首の痛みが少しずつ緩和し始めたのです。首が痛かった原因はクーラーで身体を冷やし過ぎたために、身体的弱点でもあった首にそのツケが廻ってきたというわけです。

 どんな病気にも原因があるということをこの経験を通して学んだことは非常に大きく、ひとつ賢くなりました。如何なる病気にも必ず、それなりの原因と理由があるということが今回の経験での教訓でした。

 話、ガラッと変りますが、去年はおととし、さきおととしと違って著名人の死亡率が非常に少なく思いました。長嶋茂雄さん、仲代達矢さんらの超大物は亡くなりましたが、ここ数年の間で去年ほど死亡記事が少なかった年は非常に珍しく、その意味では明るいできごとのひとつだったかと思いますが、まあ、こんなことに気づいて感心しているのは恐らく僕ぐらいじゃないかと思います。

 僕は今89歳です。僕の年齢の前後の人達の死亡率が一番高いのですが、去年のように死亡欄を賑やかに飾らないのは、実はこういうことだと思うのです。新聞の死亡記事に掲載される著名人の大半がすでに亡くなってしまった。それが一番多かったのがおととしとさきおととしだったのではないでしょうか。僕の周辺の著名人も随分亡くなりました。毎朝新聞の死亡記事を見るのが恐しくなるほど、「またか」の連続だったのです。その点、去年は本当に驚くほど少なかったのです。このことは明るいニュースではないかと思うのですが、このことには大半の人は気づいていないと思います。こんなことに気づくのは自分がいよいよ死の範疇に入ってきたからだと思います。

 あと、自分のことではないけれど元気づけてくれたのはドジャースがワールドシリーズに優勝して大谷がリーグMVP、山本もワールドシリーズでMVP、それから佐々木がリリーフで復活したことです。他人ごとにもかかわらず自分ごとのように喜こべました。

 そして、もうひとつは大相撲の九州場所でウクライナ出身の安青錦が優勝したことです。もしかしたら僕の中ではワールドシリーズのドジャースの優勝より興奮したかもしれません。戦下のウクライナから単身脱出するように日本にやってきた21歳の若者が、日本の国技の相撲界で強敵を次々と倒して奇跡の優勝を果たしたのです。安青錦の活躍は大谷の活躍に匹敵するくらい僕には嬉しいニュースだったと思います。

 そして自分ごとですが去年の年末にベルリンでのポスター展と、1000点の作品の収録カタログの発刊、パリの新装されたカルティエ現代美術財団での100点強の作品の展示、そしてイギリスのTHAMES&HUDSONから発行される500ページの画集、その他、海外からの様々な要請などは今年につながる僕にとっての明るい希望といえるかな、と思っています。

 そうですね、あとはできるだけ健康な生活と創作活動ですね。大した意欲はないですが、小さくても、好きなことを見つけて、そっと戯れることですかね。今年は90歳の大台に入ります。あの虚弱体質の子供がまさかの長寿で、われながらウソのように感じています。この天命をできるだけ大事にしたいと考えています。次回は新年の抱負について。

横尾忠則(よこお・ただのり)
1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。第27回高松宮殿下記念世界文化賞。東京都名誉都民顕彰。日本芸術院会員。文化功労者。

週刊新潮 2026年1月15日号掲載

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