宮内庁長官に批判され、記者クラブには苛烈な“4文字の言葉”で追及され… 「雅子皇后」が記者会見をなさらなくなって「23年」の歴史的経緯

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強い孤独感

 長官の踏み込んだこの発言もあって、以来、雅子皇后は強い孤独感に襲われていく。さる宮内庁関係者が明かすには、

「1993年1月の婚約内定会見以降、皇后陛下はご自身のお考えを歯切れのよいお言葉で語ってこられました。この02年12月の会見も、そのスタイルで臨まれたのですが、意に反して言葉尻を捉えられる形で批判され、挙げ句、身内であるはずの長官にも突き放されてしまった。“公の場でありのままをお話ししても、内容が曲解されて独り歩きしてしまう”といった恐怖心も芽生え、それから会見を忌避されるようになったのです」

 翌年に帯状疱疹を発症。療養生活が始まることになるのだが、2011年9月にはこんな一幕もあった。

「学習院初等科に通われていた愛子さまが一時、不登校になられたことに伴い、お付き添い登校を続けてこられた雅子さまは、山中湖への2泊3日の校外学習にも同行され、同じホテルのインペリアルスイートに滞在されました。そうしたお振る舞いを受け、当時の記者会は、東宮大夫の会見で『異様な母子に映る』『税金泥棒との批判を受けるかも』などと激しく責め立てたのです」(前出・皇室ジャーナリスト)

 報道陣の声を耳にされた雅子皇后が心を痛められたのは想像に難くなく、“拒絶”の姿勢をいっそう強められてしまったという。官公庁と記者クラブのなれ合いは論外とはいえ、ここまで責め立てる必要はあったのか。このような経緯を振り返っていま、当時の関係者らは何を思うか――。

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 今年の雅子さまは、通常のご公務に加え、戦後80年を機に、硫黄島や沖縄、広島、長崎などへ「慰霊の旅」をなされた。阪神淡路大震災30年の追悼式、大阪・関西万博の開会式へのご臨席なども含め、宿泊を伴う地方公務も積極的にこなされた。公務での地方ご訪問は9回と、即位以来最多である。また、7月には1年ぶりの海外となるモンゴルご訪問も果たされている。ご復調傾向にあることは間違いない。

 一方で、5月の全国植樹祭には即位後初めてご欠席なされるなど、依然ご体調に波があるご様子だ。“最後の壁”と言われる記者会見に臨まれる日は果たしていつか。その時が完全な“ご復活の時”となることだろう。

関連記事「『外国訪問には、雅子さまでなく秋篠宮家を…』 『人格否定発言』から21年 雅子皇后の“キャリアを否定”したのは誰だったのか」では、雅子さまの「適応障害」の原因となった皇室での出来事について詳述している。

デイリー新潮編集部

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